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田村神社 |
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田村大神の五柱 |
別名 |
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祭神
田村大神 |
ヤマトトトヒモモソヒメ |
日巫女 |
大和:箸墓の主 |
五十狭芹彦命 |
吉備津彦命 |
比米の弟:モモタロウ |
猿田彦大神 |
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導きの神 |
天隠山命 |
高倉下命 |
紀伊ごとびき神社 |
天五田根命 |
天村雲命 |
その息子 |
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昔この神社に詣でたことがある。その時には、鈴鹿峠近くの土山にある田村神社と同じく、征夷大将軍の坂上田村麻呂にちなんだ神社だろうと考えていた。最近になって田村大神は田村麻呂ではなく、ヤマトトトヒモモソヒメであることが分かった。モモソヒメは大和の一宮大神神社の近くにある「箸墓」に祀られているヒメである。
箸墓古墳は大和では最も古い前方後円古墳で、近くにある崇神天皇陵古墳、景行天皇陵古墳とならぶ巨大古墳である。とうぜん箸墓に葬られているのは天皇と同等の人物であると考えるが、モモソヒメが何者かはよくわかっていなかった。しかし近年、モモソヒメは卑弥呼(日巫女)ではないかという説がもてはやされている。古代史最大の謎である卑弥呼。実は讃岐のこんなところに居られたのだ。
さらにモモソヒメの弟である吉備津彦は四道将軍の一人で吉備の国を作った人物。吉備に侵入してきた「鬼」を退治したことでも知られている。吉備団子を与えて猿、キジ、犬を家来にして戦ったのだが、その指揮をしたのがモモソヒメだったという伝説が残り、この神社にはその戦いを示したブロンズ像が立てられている。
以前吉備の吉備津彦神社から、「鬼ノ城」(きのじょう)を目指して山を登ったことがある。モモタロウの話は瀬戸内海の鬼ヶ島であるが、話のもとになった吉備津彦は山の中の鬼を退治しに行ったのだ。なぜ吉備津彦の鬼退治の話が讃岐の一宮にあるのか不思議だが、それはお姉さんが大いに関係していたのだ。讃岐にいたお姉さんの指揮のもとに鬼退治がなされた。家来の猿は猿田彦・・・。ここまではうまく話ができるがキジ、犬はどの神さまに当たるのだろうか??これは謎として残しておこう。
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琴電:一宮駅 向こうは姉山、ピラミッドだね |
立派な二の鳥居と参道 |
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鳥居の両側に狛犬。 |
角がある |
阿吽の阿 |
阿吽の吽、角がある |
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田村大神:拝殿 |
姫の宮鳥居と境内末社の宇津木神社拝殿 |
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裏参道の大鳥居 |
境内には摂社末社がいくつもある |
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ブサイク狛犬 |
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坂さかだち狛犬もあった |
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いろんな神さまがいらっしゃる。弁天様 |
裏参道の前にはこんな布袋様 |
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何の神様かわからないが・・・ |
八咫烏(ヤタガラス)三本足:導きの神さま |
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モモソヒメと吉備津彦:田村大神の最高神 |
モモタロウの家来:猿・キジ・犬 |
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琴電の一宮駅は高松築港駅から20分ほど。
讃岐国一宮は一宮駅から10分ほど。
隣には四国札所83番の一宮寺がある。
田園の道はへんろ道でもある。
左は田村神社の境内図
手前の門のさらに手前にも長い参道がある。
参道途中に何対もの狛犬がいる。
地図には新しい石の鳥居、モモタロウの
像の位置が書いていない。
1300年の造営の前に作った地図かな? |
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こんな田園風景の中に田村神社と一宮寺(四国札所83番)がある。
田村大神というのは、もとは農村を潤す「水」信仰であったのではないかとの
お話を、神社の祢宜さんから伺った。
神宮の境内には様々な神様を祀る宮や伏見稲荷のような赤い鳥居列もあった。
まったく節操もなく、何でもかんでも神さまを祀ったのではないかと私は思ったが
長い年月の間に、自然神に既存の神さまを当てはめたのだ、とのこと。
日本人はもともと八百万の神さまを祀っていた。
現在もそれを続けているだけなのだろう。
神社ができて1300年の節目に、大改装をして赤い鳥居もできたし
とんでもなく大きな石の鳥居が何基もできた。
神さまなら何でもいいから祀っていこうというのは私は好きだ。
いつもよりも多くお賽銭を入れてきた。 |
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