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長尾街道から一筋奥へ入る |
天台宗:別格本山 |
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仁王門:悪い人はここから入れない。 |
みなさん軽やかに!いい人なんだ! |
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ご本堂:この松がいい感じ |
聖観世音菩薩は絶対秘仏 |
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四国八十七番霊場:あとひとつ |
大師堂:天台宗だが弘法さんを祀る |
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四国八十七番霊場:あとひとつ! |
空飛ぶ獅子? |
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東門は由緒ある門らしい |
静御前の剃髪の塚 |
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夕方撮った写真の一枚:本堂 |
菅原道真の自画像を祀る |
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やはり空海さまはご機嫌を悪くしたらしく、朝から雨模様。
この先結願寺の大窪寺までは700m以上ある女体山を
越えなければならない。
今の私たちの実力では到底むりだ。
明日待とうかと考えたが、天気予報では明日はさらに悪いという。
思案に暮れて大川バスの本社に行くと
8時44分にコミュニティバスが大窪寺まで行くという。
これまで人力に頼ってやってきたので、ここでバスに
乗るわけにはいかない。とは思ったが、
この年になると「君子豹変する!」ということで、あっという間にバスの人になった。
帰りに歩いて帳尻合わせをするつもり。 |
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大窪寺は四国88か所霊場の結願寺だけあってすばらしいローケーションにある。
背後には巨大な胎藏が峯の岩壁が迫っている。本殿はその景色の中に溶け込んでいる。
この寺も行基菩薩が庵を結んだ場所で、その後唐から帰った空海が、恵果阿闍梨から授かった
錫杖を納めて結願寺としたそうだ。
この寺は最初から女性の参拝が可能だったので女人高野としても親しまれた。
しかし天正年間(1571~1592)に長曽我部軍によってほとんどの堂宇は焼け落ちた。
四国88か所のかなりの寺が長曾我部軍によって焼かれた。
四国霊場にとっては本当にとんでもない武将だった。 |
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二天門を上がると目の前に本堂があるのだが、その途中の石段に狛犬がいた。
一対の狛犬はお互いを見る形で並ぶのが普通だが、ここでは並行して参拝者の方を見ている。
これはおもしろい。
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二天門:大きなわらじ |
仁王門:四国霊場最大 |
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背後が胎蔵が峰 |
ご本堂:薬師如来 |
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証拠写真:自撮りです。 |
本堂:実に立派 |
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本堂の額:霊場結願所とある |
東京の人も多い:板橋区の人もある |
本堂とだいぶ離れて大師堂がある。いま改修中の巨大な仁王門から入ると正面に大師堂が見える。
いずれはこちらの方が正面玄関になるのかもしれない。
大師堂の裏手には寶杖堂(ほうじょうどう)があって結願した遍路さんたちの
金剛杖が奉納されている。
私の杖は自前で、写真用の一脚兼用なので、帰りにも使いので奉納はしない。
誰かに証明してもらわなくても十分に満足したので結願証明書も請求はしなかった |
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いまの遍路道:最後の試練の道だが、我々にはきつい |
この狛犬、正面を向いている |
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大師堂の地下:お砂踏み道場 |
奉納された金剛杖:1番にもっていきリサイクルしたい! |
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納経所 |
なじんできた小僧さんと |
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真魚は空海の幼名:西安で密教を学んだ⇒来月西安に行くので、空海足跡を訪ねてみよう。 |
境内を出ると、ちょうどバスが出たところ。次は3時間後にしかない。
結願した人はみなこのバスに乗って戻るらしく、人は誰もいなくなった。
私は密かに帰りは歩こうと思っていたので、バスが行ってしまうのは好都合。
奥さんも観念していたらしく、文句も言わず付き合ってくれた。
しかし歩き出すとすぐに雨が本格的になってきた。 |
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今回のために新しいゴアテックスの雨具を用意してきたので、奥さんはさっそく着替えた。
一着しかないので私は昔ながらのペラペラ雨具。朝高松で買ったビニール傘をさして歩き始めた。
一丁石は二天門の脇にある。ふつうは一丁から始まって三十丁とか四十丁で到着となるが、
ここでは目的地に向かって数字が減っていくので、わかりやすいかもしれない。
旧へんろ道を歩いて行くと上って来る遍路に出会う。皆さん本格的な雨具を用意している。
奥さまはいいが、私のようなペラペラは謹厳な遍路さんたちから見れば、
「なんじゃこいつ!」という感じだろう。
さらに昨日あったキャンピングカー遍路さんにも合う。昨日の終点に車を置いて、
雨の中濡れながら歩いて上がってきた。車でくればいいのに? と言ったら、
「そんなことはできない!」といさめられた。
どうも我々は肩身が狭い。まあ堂々と「完全な歩き遍路です!」
とは言えないので、「ほぼ歩き遍路です!」ということにする。 |
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結願した人は門前のうどん屋で「打ち込みうどん」を食べるのが習わしらしい。
しばらく歩くと寺から3㎞ほどで、竹屋敷という料理屋さんの看板を見つけた。
ここは大窪寺門前のうどん屋の支店らしい。
こちらは観光バスなどの駐車場があるので大勢が入れる。
雨がひどくなりそうだったので、うどんを食べずに大窪寺を出てきたが、
雨は小降りになったのでカッパを脱いでゆっくりうどんと赤飯を食べる。
これでやっと歩き遍路を達成した感じが出てきた。 |
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21丁石 |
雨の中では行けない! |
60丁石:もう少しで額峠 |
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食後ゆっくり歩いて70丁石、額峠で3時間後のバスにのって長尾駅に戻った。
雨は一段と激しくなった。これでよかったのだ!
長尾線の白山(しらやま)というまったく富士山風の山のふもとの公営の宿に泊まる。
すばらしい温泉付き。遍路宿よりも安かった。
のんびり温泉に入り、本日の道を反芻する。
明日はさらに激しい雨のようだ。延ばさなくてよかった。
これから札所一番に戻ってさらに高野山にご挨拶に行って初めて完結になるそうだが、
そんなことをしたら私たちの人生も完結しそうなので、
そのまま未完のまま四国遍路旅を終えることにした。
いつの日か高野山にご挨拶に行こう。まだまだ先だけど。
その前に西安に行くことになったので
11月には空海さんの学んだ場所を見ることができる。
その場所を私的な霊場89番にしよう。
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