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石都々古和気(いしつつこわけ)神社 |
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主祭神 |
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味秬高彦根命 |
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大国主の子:鴨一族の祖 |
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配 神 |
大国主命 |
出雲大社の主祭神 |
配 神 |
誉田別命 |
八幡神:のちに勧請した。 |
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陸奥の国は白河の関のさらに奥、大和政権の勢力のおよぶ所ではなかった。律令時代の全国神社一覧である延喜式には福島県の一部神社しか載せられていない。大和から見て、陸奥の国には神社仏閣などの文化的要素は存在しなかったのだ。
もちろんこの地方にも多くの民族がいたことは歴史上明らかであるが、大和民族に屈しなかった文化的要素は、ほんの断片しか残っていない。
そのような状況の中で、現在の水郡線ぞいにある都々古和気神社は延喜式にある神社である。しかし延喜式にあった神社に比定される「論社」はいくつかあり、確定していない。したがって自ら名乗る一宮はすべて都都古和気神社とされ、それぞれを区別するために地名を加えている。
石川町にある石都々古和気神社は1051年に「前九年の役」に参戦した源有光が、この地の代官になり石川姓を名のった。さらに京都の石清水八幡宮から勧請をうけたので、「石」の字がついている。この神社は石川城跡に作られている。
この神社には名工小林和平の作による「飛翔狛犬」がある。狛犬の中での名作と言われている文化財である。 |
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雌獅子 全高…127cm、全長…171cm、全幅…60cm |
雄獅子 全高…137cm、全長…168cm、全幅…60cm |
作者名 雌獅子背面に「石工 小林和平」の銘 |
昭和5年(1930)1月製作 |
石都々古和気神社の狛犬は、本町出身の石工・小林和平が昭和5年に造立した作品です。小林の作品のなかでも本作品は、飛び跳ねる構図をとる所謂「飛翔狛犬」で、石造狛犬としては他に類を見ない形態をとり、その卓越した彫刻技術による本作品は全国的に評価が高いです。また、本町で確認できる小林作の狛犬は4対を数えますが、うち2対が「飛翔狛犬」であり、さらに「飛翔狛犬」のなかでも小林の銘が入ったものは、本作品のみであります。以上より、石都々古和気神社の狛犬は、時代的には昭和期の作品と新しいものの、現在の技術でもって復元することができない彫刻技術を駆使した作品であり、美術工芸的にも価値の高い、貴重な文化財です。(説明板) |
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飛翔狛犬に迎えられる |
2010年1月:鳥居が壊れている |
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最初の石段上:左に曲がる |
2010年1月:季節が違うと! |
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各所に磐座:古代祭祀跡 |
現在は整備がなされている。 |
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季節が違うとこんなに違う |
磐座だな。 |
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石川城の跡 |
拝殿 |
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拝殿:石都々古和気神社 |
本殿:つつこわけの意味は不明 |
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サルスベリ |
ギボウシ |
小林和平作:五重塔 |
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帰ろうと思ったら川の向こうに立派な狛犬。御旅所のようだ。この狛犬も小林和平 |
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小野小町も入った猫啼温泉 |
2010年:ここに泊まった |
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石川は観光地化されてきた。 |
外国人にアピールするか? |
この神社には1995年にも来た。その時にはペグマタイト(巨晶)など鉱物を見にきた。
さらに、猫啼温泉という接触変成鉱床でできた温泉に山崎、賀曽利さんと入ったことがある。
しかし狛犬は見なかった。
今回は東京から青春切符でやってきた。6時48分の池袋駅発で、水戸から水郡線経由で
磐城石川へは11時45分着。石都々古和気神社に参った後、次の一宮のある棚倉への
列車は14:40までない。暑い駅舎で2時間待ち。
その次は16時40分。棚倉でその電車に乗って水戸経由家に。
電車乗車時間10時間、現地滞在5時間、参拝見学時間は1時間以内。
一日の行動時間は15時間ちょっとだった。
水郡線はちょっと大変。せめて1時間1本ぐらい動かしてよ! |