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四国遍路 第9回 6日目 76番まで 

■昨日は丸亀の競艇場の前のホテルに泊まった。瀬戸大橋が見える立派なホテルだった。次回はここから始めよう。
昨日は競艇場の送迎バスで来たが、今日はホテルバスで丸亀駅についた。そこから土讃線で金蔵寺駅まで3駅戻る。

■第76番金倉寺は駅から200mほどのところにある。弘法大師の甥っ子の智証大師のお寺だという。広い敷地に多くの建物があるが、何となく違和感があるのは、鳥居が境内にはいくつかあるからだろう。もともとは神仏混交の修験の寺だったのだろう。

■その証拠は、智証大師のお姿だ。山伏姿は修験道の衣装とみえる。この寺の大師堂には3人の大師が祀られている。大師堂に弘法大師以外が祀られているのは第76番金倉寺以外ない。大変珍しい寺らしい。

■明治時代には善通寺連隊の将軍の乃木大将が、金倉寺の客殿を宿舎にしたそうだ。そのときに乃木大将の奥さんが訪ねてきたが追い返したという「妻返しの松」が境内にある。当時でもほかの人はそんなことはしない、ひどい人だった。しかしそれが軍人としての矜持だった。乃木大将の人気の要因だったのだろう。

ホテルの窓から瀬戸大橋が見えた 丸亀城:石垣がすばらしい

     第76番 金倉寺  

本堂:  大師堂:三人の大師(下の写真) 

     
智証大師は修験者  神変菩薩は役行者のこと 高床の鐘楼

金ぴかの大黒様 ご利益がありそうだ。
弘法大師の甥である智証大師の誕生寺。
智証大師円珍は天台寺門宗の開祖。
唐から戻った円珍が青龍寺をまねて
壮大な伽藍配置をした。

日本で訶利帝母尊(鬼子母神)が
はじめて現れた寺である。
智証大師5歳の頃天女があらわれ
「仏道に入るならずっと護る」
と約束した。

訶利帝母尊は「おかるさん」
今は安産、子育てなど女性を守ってくれる神だ。

まだ朝だがちょっと寂しい丸亀駅前通り アンパンマン号で岡山へ

■6日目は1時間半ほど歩いただけで、列車に乗った。毎日の雨で疲れ果ててしまっていた。列車のシートは極楽。足を動かさなくても座っているだけであっという間に一日の歩いた距離を通過する。

■いったい何を求めてあんなに疲れることをしているのだろう。昔なら「自分の限界を試す!」などと言っていたが、今はそんな気持ちはまったくない。楽をしてお参りした方がいいような気がする。

■今回は76番までで終了した。次回は76番にもう一度詣でてから歩きだすことになる。疲れたと言っていたが、もう次に歩くところの地図を確かめている。
 昔山登りが生活そのものだった時期がある。その時は一つ山に登るともう次の山を思い描いていた。山を登り続けることが中心で、その合間に都会で生活していた。その時と同じような感じなのだが、その原動力が何だったのか思い出せない。

■次回、88番札所に詣でて結願になる予定だ。4月に行こうと決心すれば結願になるが、なんだかもったいなくて、秋まで待つことにした。その間、これまでの「へんろ道」を思い出しながら、過ごそうと思う。

  着     
  ホテル 丸亀駅   ホテルバス8:00-8:30
6日目
3月21日
丸亀 金蔵寺   8:30-9:00
金蔵寺 第76番金倉寺 200m  雨 9:00-9:10
金倉寺 多度津駅 4q 雨9:50-11:00
多度津駅 岡山 しおかぜ 11:35?
岡山 東京 新幹線のぞみ
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