ウズベキスタン旅行1

 ウズベキスタンと言うよりも私たち年代の人間には「サマルカンド」という方がよくわかる。1980年代にNHKでシルクロードの放映があり石坂浩二の語りと喜多朗の音楽が流れるとテレビの前に家族も集まってきた。サントリーオールドのCMも夢街道シルクロードだった。実際の放映はカシュガルまでだったがさらにその先にタシュケント、サマルカンドなどのオアシス都市につながっていることがたびたび話題になっていた。いつか行ってみたいと思っていたが1991年の独立まではソ連邦の国でなかなかいくことはできなかった。喜多朗のシルクロード(YouTube)

コロナ禍が一段落したのでどこか海外へと思った時に真っ先に浮かんだのがサマルカンドだった。もう個人で行くのは難しいのでツアーを調べたらタシュケントまでの直行便があるという。「それ!」とばかりに申し込んだ。もう傘寿だという年も考えずに。かなりきつい旅になりそうで、出発前は心配になった。

飛行ルートは成田を出ると能登半島からほぼ真西に向かってソウル上空、北京上空を飛んでいく。きりのないほど広い砂漠の中を飛んでいくと天山の山々が出てきた。このルートを2002年に中山嘉太郎さんは単独で走ってトルコまで抜けた。どんな気持ちがあればこんな砂漠を走ることができるのか。雪山を超えるとすぐに大きな町が出てきた。

中央アジアでは一番の大都市であるタシュケント(石の街)はソ連邦の直轄地でモスクワ、レニングラードにつぐ大都市であったが、独立後はロシア人は引き上げ今はウズベキスタン人の街である。若い人たちの間ではロシア語はまったく通じなくなっている。1966年大地震にあって日干し煉瓦の町は壊滅したが、直ちにロシアはコンクリートのアパートを何棟もたてて復興を果たした。その後ロシア人は出て行ったが、まさにロシアの街のようである。マックもケンタッキーもセブンイレブンなどアメリカ、日本の影はない。世界中どこに行ってもあるはずの中国料理の姿もない。トルコ航空だけが空港にいた。ウズベク語はトルコ語系なのである。

成田を午前11時に出てタシケントには午後4時に着いた。時差は4時間だから東京時間は午後8時。直行便でも9時間かかることになる。早速夕食とホテルへ。おいしそうなスープ肉料理、初日にちょっと食べすぎたのであとがきつくなった。何事も適度が肝心なのだが、出だしから食に、目がくらんだ。

初日は最上級のウズベキスタンホテルに泊まるだけで、翌日はやくウルゲンチ空港に飛ぶ。タシュケント市街見学は帰る日に回すことになっているので、早々に寝た。

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