飛騨国府というJRの駅がある。当然ここに飛騨の国府があると信じて無人駅を降りた。駅前の案内板を見ても国府や国分寺の印はない。しかし国府大仏(国分尼寺)の案内があった。やはりそうだ!と思いながら地図の地点に行った。ちょっとかわいい国府大仏はあったが想像していた大きな寺ではなかった。
飛騨(斐陀)は古い国で国造の時代にはこの場所に国府があったらしいが聖武天皇が国分寺の詔を出した741年ごろには10キロほど南の高山市内に国府が移り国分寺、国分尼寺が建立されたと考えらえるそうだ。JR線に乗って高山市に移動した。飛騨国府・総社
飛騨国府は今の市役所のあたりにあったと予測されるが発掘調査はなされていない。総社はその近くにあった。総社には下のような神さまが祀られている。さすが総社!
<正殿主神>
大八椅命(最初の斐陀国造、天火明命の後裔)
<脇殿(延喜式神名帳所載八座)
水無神(飛騨一宮 位山) 槻本神(大山津見神) 荏名神(高皇産靈神)
大津神(大彦命、武渟河別命) 荒城神(大荒木之命)
高田神(高魂命) 阿多由太神(大物主神) 栗原神(五十猛命)
<脇殿(国史記載社十座)
大歳神 走淵神 四天王神 遊幡石神 渡瀬神 道後神
気多若宮神 本母国津神 剣緒神 加茂若宮神
飛騨国分寺
立派な三重塔(1820年再建)が残る。しかし元の国分寺には七重の大塔があったはずである。その礎石が境内に残っている。現在は真言宗の寺で法灯を継いでいる。境内にはイチョウの巨木がある。これはすごい大きさ!
飛騨国分尼寺跡
国分寺の前を通る道は飛騨盆地を東西に横切る道である。高山線の線路を挟んで反対側に国分尼寺があった。その場所に今は辻が森神社が立っている。そのあたりが本堂であったことが発掘調査で分かっている。旧国分尼寺の跡地の小さな部分だけが公園になっている。
高山祭り
春秋に行われる桜山八幡宮の高山祭には多数のきらびやかな屋台がでて町中が活気づく。国の無形文化財で内外の人が多く集まる飛騨地方の大イベントである。宮川沿いに大鳥居がそびえたち他を圧倒している。昔から飛騨の材木を使った大工(飛騨の匠)が有名で、多くの大工が奈良や京都の神社仏閣の造営に活躍した。地元には大変な数の寺社があり、それぞれ匠の技が光っているそうだ。
雪深く、昔は交通も困難だったが今は高山本線の起点である富山駅には新幹線が開通し、特急ひだ号を使えば東京から3時間ちょっとで来ることができる。今回私は日帰りだったが、十分に時間が取れて高山の街を歩き回ることができた。