初孫はたいてい初めての孫だ!

1月31日(土)
しばらくご無沙汰と書いたのですが、報告二つ。
一つは、昨日我が家に新しい家族誕生。昨年結婚した長男のところに女の子が誕生しました。我が家にとってははじめての初孫。と言ったら西山昭宣さんに                「初孫はたいていはじめてだよ。取り乱してるな」とからかわれてしまいました。昨日は宮本常一先生の年忌で、島根日笠寺の住職の山崎禅雄さんが、難しい金剛教というお経を上げてくれました。意味を優しく解説してくださったのですが、あいかわらず体力だけの賀曽利隆、三輪主彦は勝手な解釈をしていました。宮本千晴さん、関野吉晴さん、伊藤幸司さんなど久しぶりにお会いしました。

二つ目は、今日の夕方新宿で行われる都立大学地理学科の同窓会で、「マングローブの世界」という話をすることになっています。その資料としてパワーポイントで映像を作ったのですが、一回切りというのはもったいないので、このホームページにくっつけて見ました。パワーポイントの映像をどうやって見るのかよく分からないのですが、くっつけてみますからトライしてみてください。写真が多いので、重たすぎて動かないかも知れないのですが・・・・
ここをクリックしてみてください。

明日できることは今日やってはいけない

1月29日(木)
昼間はポカポカといい天気だった。ここ数日は霜柱があった我が庭の土も軟らかくなってきた。昨年秋に垣根の赤目樫が3本も枯れたので、植え直しをしたが、また枯れてしまった。植木職人の江口くんご夫妻にたのんで見てもらう。ついでに大きくなりすぎたハナミズキとサザンカ、カエデの木を小さくしてもらうことにした。しかしポカポカ陽気で、昔話に花を咲かせているうちに、午後になってしまい、今日はもう時間がないので、また来ます、ということになった。
こういうのがいい。時間など気にせずにおしゃべりしているうちに、「あれもうこんな時間だ」といって、仕事をあすに延ばす。長屋のご隠居さんみたいで、実にいい。江口さんには、わざわざ来てもらっているのに申し訳ないのだが。わたしが25年前にいたトルコでは諺に「明日できることを今日やってはいけない!」というのがある。最近その諺が身にしみて分かるようになってきた。先へ先へ想いを進めてはいけないということだ。

★ 2月1日からまたミャンマーへいきます。場所はこのまえと同じところ。またあののんびりとした船でイラワジ川下りをします。目的地までは船で1日、さらに小型ボートでまた1日かかります。16日に帰ってきます。

★ それまでしばらくお休みします。向こうには電気も電話もありません。もちろんインターネットもありません。13日から3日間はベトナムです。そこに住んでいる山本くんと秋山くんへの「みわ塾」の通信教育スクーリング並びに授業料徴収が目的です。

熱気球、天の川2号 太平洋に不時着!

1月28日(水)
昨日未明に栃木の永野川河川敷をとびたった天の川2号が太平洋上に着水したという報道があった。神田さんと石川直樹くんが太平洋横断をめざして乗り込んだ巨大な熱気球だ。高度8000mをジェット気流にのり時速200kmで、3日間でアメリカ大陸につく計画だった。

しかし残念なことに燃料の噴射がうまくいかなかったようで、半日で降下したという報道だった。 今の時期の西太平洋の海上はとてつもなく寒いだろう。大丈夫だろうかと心配していたが、近くを航行中のコンテナ船に救助されたとテレビで言っている。よかった。私の一番の心配は、今度のように海に落ちたときに、うまく救助されるだろうかということだった。気球はほとんど水没し、ゴンドラは半分水没していたという。危ないところだった。

偉大な冒険家は運を味方につけることができるのだろう。ともあれ、無事で何よりだ。

結婚式ラッシュ!

1月26日(月)
土曜日、日曜日は我が家は結婚式、結婚の報告で大いに華やいだ。昔はなんとか会館とか何とかホテルでの結婚式が一般的だったが、昨今はレストランウエディングがはやっているらしい。今回も青山のお屋敷レストランでの結婚式だった。広いお庭で人前結婚式が行われ、あとはおいしいワインにお料理ということになる。仲人のご紹介や上司の挨拶などというものはない。友人や家族のお祝いの言葉は心がこもっていて、和やかな雰囲気だ。形が優先されていた結婚式とちがって、いい結婚式だった。

翌日は昔の教え子どうしが結婚するので参列してほしいとの依頼に来てくれた。招待状でいいのに、直接あって伝えたかったと言われて、感激をする。通信会社に勤めているのに、携帯電話も持っていないという。コミュニケーションは直接あうことが基本だというのが私の主張だ。同じ仲間がいてうれしいことだ。市ヶ谷の亀岡神社で式を挙げるという。そこは同級生の家の神社だそうだ。それぞれ手の届くところで、いろいろ結びついているのが本来の社会だろう。携帯やコンピュータだけでつながっている社会はやはり空虚だ。

といいながら、こんなサイバー日誌を書いている・・・・なんか変で、おかしな社会だ。

ブログの順序 春節だ!・・・暦

1月23日(金)  今日から逆順にしました
◆他の人のホームページを見ていたら、今日の分は一番上にあり、古いのが順に下に行っていました。当然なのですが、私はなんとなく順番に下に向かって続けていました。今年はふつうに、読みやすいように変更します。これの方が書くのも楽です。なんでこんな事に気がつかなかったのだろう。地質学をやっていれば、下にある地層の方が上にあるものより古いというのはあたりまえだし、地質年表は必ず上が新しく、下が古くなっている。そんなことを教えていたのに、口先だけで、実体験が伴っていなかったのだ。

◆ところで、昨日は「春節」で、中国ではお正月。横浜や神戸の中華街は大にぎわいだった。日本でも旧正月を祝っているところもある。ベトナム在住の卒業生からも、21日から26日まではお休みで、奥さんの郷里に帰ります。というメールが入っていた。

◆1月7日に「今日はクリスマス」と書いた。ロシアではユリウス暦を使っているので、その日がクリスマス。クリスマスが12月25日に決まってなくてもいい。世界中にさまざまな暦があるのはいいことだ。みんなが一斉に同じ事をしているなんて不気味だ。それぞれに伝統的な時間や暦があることはよい。私が最近通っているミャンマーでは4月の最初の新月から1年が始まる。その前の1週間は6日間は年末のお休みだ。この国は太陰暦を使っているので、1年の長さは11日少ない。30数年たつと1年分多くなる勘定だ。イスラム暦もこれと同じだ。そんなさまざまな生活暦があることを知った上で、尊重し会うのがよい。

◆昔は「暦」をつくることが権力の象徴だった。ユリウス暦、グレゴリオ暦もみな権威の象徴なのだ。フランス革命の時にも革命暦が作られた。日本でも朝廷が権力をにぎると暦をつくる事業を一手に引き受けた。明治になったとき、政府が暦を変えた。日本では象徴天皇の権威で暦をかえる。日常は西暦を使う方が便利なのだが、それぞれの国や宗教、そのたもろもろの暦も捨てがたい。なにもすべて世界標準に統一する必要はないと思うのだが。

Lucy in the Sky with  おばあさん!

1月21日(水)

みわ塾の日 「我ら人類の祖先」

■今回は「我ら人類の祖先」というテーマで行った。昔ネアンデルタール人はクロマニヨンの祖先といわれていた。しかしミトコンドリアDNAを使った祖先探しで、直接の関係はないことが分かった。現代人すべての祖先は15万年前にアフリカにいた「ミトコンドリア・イヴばあさん」だという事が分かった。同時代に生きていたはずのネアンデルタール人がすべて滅びてクロマニヨン人がの子孫だけが現在も生きている。

その明暗をわけた原因は「おばあさん」の存在だという松井孝典東大教授の仮説がある。現代人の祖先には子どもを生んだ後も長生きして娘の出産を手助けする「おばあさん」がいた。他の動物にはおばあさんはいない。おばあさんの手助けで女性は多くの子どもを安全に産み育てることができる。これがクロマニヨンの爆発的な人口増加の原因である。

この人口圧力でクロマニヨンは農耕を始めた。さらに食糧をもとめて「グレートジャーニー」を始めた。ベーリング海峡をこえて北米にたどり着いた我々の祖先は、わずか1000年の間に南北アメリカを縦断して南米の端まで到着した。クロマニヨンの人口圧力の前に、ネアンデルタール人は消え去っていくしかなかった。

■おばあさん説はなかなか説得力がある。石原都知事はただちにこの説を引用して「人類で一番の問題はババアの存在だ」と発言した。そんな言葉を使ってはいけない。松井教授は尊敬をこめて「おばあさん」と言っているのに!

■午後の部は24人もの方が参加してくれた。常連の金井シゲさん、藤原さんは海外旅行中なのに。ビートルファンの坂元さんを意識して、アファール猿人ルーシーの場面で「Lucy in the Sky with Diamonds」の曲をパワーポイントに挿入して流してみたが、みなさんそれほど感動してくれなかった。アファール猿人の発掘現場にこの曲が流れていたので、「ルーシー」と名付けられたのだ。

■瀬口さんの説では上の曲名の大文字を並べるとLSDになり、あやしい環境で作られた曲だそうだ。夜間のクラスは、寒い時期なので人数は少ないが、皆さん教養が高くおそわることが多い。今回はモンゴル在住の山本千夏さんも参加。次は6月にモンゴルで会うことにした

地平線通信 印刷発送 業務 手順

1月20日(火)
地平線通信を印刷、発送作業。ここ1年間は新宿の榎町地域センターのリソグラフで印刷している。作業順序はまず
■1.編集長の江本さんが原稿集めを行う。同時に報告者の折衝もほとんど編集長が担当。

■2.長野画伯が報告者にインタビューをし、イラストと文章を作成。それをメールで武田くんに送る。

■3.武田くんはこれをB4版の裏表にレイアウト。今回は8ページ。丸山くんが1ページを担当することもある。

■4.地平線の封筒は早稲田封筒で1000枚単位で購入、表はリソグラフで印刷しておく。

■5.宛名ラベルは武田くんの住所管理エクセルからファイルメーカーにして私に送ってくる。それを20枚のラベルに印刷。

■6.用紙は裏表印刷が可能なものを、近くのイオキという紙問屋で調達。クリーム金マリという用紙を500枚注文する。ふつう印刷用では8枚に切って耳を落とすのだが、我々は9枚に切ってもらう。これで4500枚。500枚分お得で、しかもムダがでない。

■7.武田くんから送られたレイアウト済み原稿を江本メールランナーが榎町センターに自転車便で配達。三輪がイラスト、丸山分を貼り合わせて印刷。すこし乾かしてから折り機で半分に折る。これはなかなか優れもので労力が節約される。

■8.そのときに応じて有志に集まってもらい会議室でこれを1/3に折って封筒詰め。宛名ラベル貼り。これは人海戦術しかない。人が集まらないときにはこれに時間がかかる。

■9.終わったらご苦労さんで、北京亭で夕食。

■10.三輪は封筒を郵便局本局の夜間窓口に行って料金別納で投函。463通、37040円。印刷費1600円。会議室借用料1100円。でした。
■昨日集まった人は、三輪、江本、村田、大久保、大西、白根、武田、菊池、坪井、関根 さんでした。もう一人いたような気がするが、だれだっけ??

■思い出した!インド旅行中の藤原さんが、発送作業中にメールをくれたのだ。発送作業応援人人に追加。

大阪で、ランナーズ賞お祝い JT生命誌研究館

1月17日(土)

◆天王寺のビジネスホテルの窓から、雪が降っているのが見える。朝からサウナに入って、身体を十分い暖めてから、四天王寺にいく。聖徳太子がつくった日本で最も古い大寺で、五重塔が美しい。雪のなか、南大門のしたで、熊野権現遙拝石をみつけた。熊野詣での第一歩はここから始まる。ここのところ小森さんの案内で熊野へは何回か出かけているが、この次はここを出発にして、昔の「蟻の熊野詣」の道を歩いてみたい。kumanoyouhai

◆昼は高槻で、姪の夫婦(といっても今週の土曜日が結婚式なのだが)と一緒に食事をする。彼女は自分の父をパパとよび、私を「おとうさん」とよんでいた。実の娘が結婚するような、寂しくうれしい感じがする。

◆高槻にはJTの生命誌研究館がある。前々からぜひ見学したいと思っていた。この館の館長さんは中村桂子さんで、ゲノム研究の世界的な学者さんだ。昨日見た博物館と違って、こちらは本格的だ。オサムシの進化を中心にした展示はなかなかユニークだ。子どもたちにはかなり難しい。しかしこのような本物の研究に接することは、子どもたちの知的刺激には大変よい。ここは大阪大学の大学院にもなっている。

◆高槻から十三にもどって、坂本真理子さんのランナーズ賞受賞の講演会に出席しました。彼女はオーストラリア横断、アメリカ大陸横断、ヨーロッパ縦断を走って成し遂げたスーパーランナーだ。主催する100マイルクラブと共に受賞したので、その仲間の人たちもうれしそうでした。名古屋の岩田くん、八重樫さんら知り合いの人たちにもあえてよかった。楽しい時間になりました。
以上、報告おわり。

sakamoto

神戸大学で、教授先生にあう!

1月16日(金)

◆神戸からもどってきました。久々に神戸大の金澤先生にあって、マングローブの話をちょっとして、昔話に花を咲かせてきました。一体なにをしに来たのかと思われたかも知れませんが、楽しい時間を過ごしました。いつもみなさんに来ていただいて、「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」などと言っているので、時々はこちらから出向かなければと思ったわけです。金澤教授とは中学校高校以来の友人です。ぜひマングローブ見物に行きましょうと、お誘いをしてきました。

もう一人、書道の大家である魚住教授を訪ねたのですが不在。秘書の方にご挨拶をしてきました。神戸大学は六甲の山の斜面にひな壇状に立っているので、一番上の国際文化学部まで行くのは大変です。

◆その後、神戸の「水博物館」に行きました。浄水場に博物館を建てたものですが、ちょっとお粗末で、ほとんどすべての展示物は修理中で動きません。お客は私一人だけでした。帰りは異人館付近をとおり三宮へ。そこから96年に訪れた灘高校の付近に行ってみました。、周りの建物はほとんど地震の爪痕は見られませんでした。表面上は復旧しているように見えるのですが、人々の心の中はまだもとには戻っていないようです。公園では17日の震災の日の追悼の準備がされていました。あの時は、私は何もできなかった。フリーターになったので、今度は何かの手伝いをしなければいけないと思う。といっても地震が再び起こることを期待しているわけではない。

◆夕刻、大阪の天王寺にいき、昔の戸山の教え子である伊藤くんにあい、下関のフグをごちそうになった。教え子に「たかり」に行くというのは、とんでもない。でもうれしいことだ。ごちそうになったから言うわけではないが、子どもと一緒に遊べる立派な先生になりつつある。遊んでいると教育委員会や校長、PTAからにらまれる。しかし教育ではこれが一番大事なことなのだが・・

 

神戸に行くよ!

最初の1週間はパソコンに向かう時間が長かった。今年は毎日日誌をつけるぞという勢いだったが、3日坊主になった。勢い込んで写真ページを作ったが、枚数が多すぎるのと、1枚の画像が大きすぎ、表示に時間がかかり見ることができないとの苦情もあり、やり直し作業で日誌に向かうヒマがなくなった。

いま「マングローブ図鑑」をつくるべくパソコンに向かって奮闘しているが、どの葉っぱがどの木のものだったのか分からなくなり、ほかの図鑑と首っ引きになっている。時間がかかってしかたがない。現地できちんと同定しておかないからこんなことになる。もう一度整理をするためにミャンマーに行かなければと思う今日この頃!

16日、神戸大学に行って専門家の先生にアドバイスをもらうことにする。阪神大地震からもう9年たつ。96年に行ったときにはまだまだ被害の跡がそこここにあった。2000年はもう表面的には跡形もなくなり、「ルミナリエ」だっけ?の光がピカピカしていた。いま神戸はどうなっているだろう。

久々に神戸に行くんだから、友人に会いたいし、真理子さんのランナーズ賞のお祝いの会にも出てこようと思っている。夜行バスにしよう考えたが、最近年のせいで翌日がきついので、新幹線の割引切符で行くことにした。日曜日にはかえります。

今日はクリスマス? ユリウス暦

1月7日(水)
◆テレビを見ていたら、なんと今日が「クリスマス」だ。これはロシアの話だが、セルビア、グルジア、それにエジプトのコプト人の間でもクリスマスを祝っている。その理由は彼らはまだユリウス暦を使っていることにある。ユリウス暦はローマ皇帝ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)がエジプト暦に習って作った暦だ。この暦は1500年間も使われたのだが、4年に1回閏年を入れたために、春分の日が10日間ずれた。これを直すために1582年にグレゴリオ13世は新しいグレゴリオ暦を作った。この年の10月4日が終わると、翌日は10月の15日になった。10日間が消えたのだ。これに従わず、ずっとユリウス暦を使っているのがロシア正教で、そのずれは13日間に広がっている。

◆私はこういうのが好きだ。みんななんでも一斉にやらなければいけないということはない。お正月だって1月1日とは限らない。中国では1月22日の旧暦元旦が「春節」で、新しい年を祝う。横浜や神戸の中華街では21日深夜に新年のカウントダウンを行っており、春節は大にぎわいになる。私の通っているミャンマーでは4月の新月の日から新しい年が始まる。

◆暦というのはなかなかおもしろいものです。このホームページの科学のページに「2000年問題と暦」という文が入っています。お暇な節にお読み下さい。

マングローブ百珍(湾岸のマングローブ)

1月6日(火)

昨年は散々お世話になったACTMNG(マングローブ植林行動計画)の事務所に行く。数少ない所員の須田さん、鶴田さんがおられる。今年もよろしくとの挨拶。もと所員で、私もエクアドルでお世話になった鶴田幸一さんの本が届いていた。「マングローブ百珍」という本だが、こりゃおもしろい。アラビアでのマングローブ植林がいかにおもしろかったか。いろいろな報告書はあっても実際のところ第一次湾岸戦争でペルシャ湾岸に油が流れてマングローブがどうなったのか、私は知らなかった。この本でそのころの情景が目に浮かんできた。

■私は彼の作っていたホームページで一部は読んでいたが、本になるとさらにおもしろい。いい本だと思う。西日本新聞の発行なので、あまり読者はいないかもしれないが、興味のある人は一読を! 今の時代マングローブ植林がはやりだけど、適地でもないところにいい加減に植えてはいけないと。その通りだろう。

■彼のホームページは
http://www.smilepapa.com/~tsuru-g/contents/contents.htm
ただし、この「つる爺」は、パソコンやインターネットというものを嫌って隠遁生活に入ってしまった。ホームページの痕跡は残っているが、以後の更新はしないそうだ。

くるみ餅 

1月5日(月)
所沢の親戚の家から、「自然の食材で造ったお正月料理クルミ餅を食べにおいで」とよばれたので、出かける。ご夫婦とも田舎育ちなので、お正月は都会の八百屋で買った野菜ではなく、故郷でとった野菜や、地元の山で取った野生の山菜を使って料理を作っている。テーブルには山ほどごちそうが並べられた。味音痴のわたしでも、いつも食べている野菜や山菜とはまったく違った味がするのがわかる。自然のものはこんなにもおいしいのだ。

■そのなかでも特に気に入ったのは、くるみ餅。「それぐらい私のところでも作るよ」といわれるかもしれないが、クルミの種類がちがう。「お店で売っているのは柔らかくておいしくないんです」と旦那さんが言う。このクルミは特別なものではなくて近くの柳瀬川のほとりに生えているクルミを取ってきたもので、とても堅くてなかなか割れない。それをていねいに割って、すり鉢で半日かけてすりつぶし、水をほんのちょっと入れる。牛乳を加えたこともあるが、これは失敗だった。水加減で柔らかさが決まるのだそうだ。

kurumimoti

■焼きたてのお餅にねっとりとなったクルミをかけて食べる。これは絶品。お店のクルミで作ったものと食べ比べてみても、はっきりとわかる。特別な食材を使うわけではない。そこいらにある自然のクルミを使えばこんなにも旨くなる。これが料理の極意。

■この味を皆さんにつたえたい。今年の10月の「みわ塾」は、自分で取ってきたクルミで、ものすごく旨いクルミ餅を作り、食べるという講座にすることにし、講師もお願いした。前もって野生のクルミを取ってくるという事前学習も行うので、秋のハイキングもかねて、柳瀬川を歩しんでください。

■ついでに、宣伝をしておきます。今年の「みわ塾」は海外講座も行います。6月はモンゴル。ツアーでは行けないようなところに行き、地元の人たちにいろいろと生活の知恵、異なる文化を教えてもらおうと思っています。

日時は6月の10日ごろから1週間。まもなく募集を始めます。

 

書道を見て、お富士さんに登る!

1月4日(日)

●毎日が日曜日の生活なので、今日が日曜日かどうか判断できない。午前中は銀座松坂屋の画廊で行われている「日書學春秋展」に行く。友人の井垣清明くんの書を見る。エラそうに言えば、ここ数年の書には味わいがあるような気がする。大きな中国の歴史と空間の中に悠然と遊んでいる気配だ。さすがのものだ。

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今回の書は私の好きな「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」であった。ここに書いてある文字は「学而時習之不亦説乎 有朋自遠方来不亦楽乎 人不知而不慍不亦君子乎」である。朋(とも)の字が群がっており、遠方の「遠」がずっこけるぐらい遠い感じになっているのが私には心地よい。本人の了承を得て、ここに載せさせてもらった。体力のみと思われている私にもこんな高名な書家の友人がいるのだ。

●文化の香りに触れた後は、新宿に移って「コマ劇場」の細川たかしショーを見に行く。新聞の販売のおまけで当たったものだ。ここ数年の正月公演はコマ劇場だ。ミーハーと言われようがなんと言われようが、これも日本の文化だ。しかし音響がわるく、ただでかい音で耳が聞こえなくなりそうだ。

●そこから帰りついでに成子天神にいく。ここには立派なお富士山がある。いつもは登山口が閉鎖されているのだが、正月の7日間は登ることができる。途中関根さんの家の傍をとおると、奥さんが屋上で布団を取り込んでいる。「オーイ」と声をかけて一緒に天神さんに行き、富士登山をする。わずか10mほどの山だが、見晴らしはいい。でも本物の富士山は新宿のビル群に阻まれて見えない。江戸の昔は本物の富士と対抗する気概だったろうに。岩は「講」の人たちが富士山から運んできた溶岩でできており、一合目、二合目というように登山道がつけられている。頂上には真っ白い「木の花咲くや姫」の立像が建てられている。今年になって品川神社の富士山についで二つ目のお富士山登山がかなった。

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●神社ついでに鎧神社に行く。平将門を祀る神社で、S根さんの氏神さまだという。途中に「蜀江坂」(しょっこうさか)という緩やかな坂がある。将門の弟の将頼が夜襲にあって鎧を着るヒマもなく、蜀江の袖が切り落とされたという由来が書いてある。「蜀江」というのは古代中国の蜀の軍師、諸葛孔明がはじめたと言われる「錦」のことで、幾何学的模様が美しい。正倉院御物にもある世界的に有名な高級な錦である。これはとうぜん私の知識ではない。三人寄れば文珠ではないが、皆さんさすがに年の功だけ知識が深い。

●そのまま関根邸におじゃまをして、沖縄のオリオンビールを飲む。日本はビール寡占状態になっており、ビール味覚を画一化しようという意図がある。ドイツでもイギリスでもビールの種類は多い。日本でもオリオンビールのような中小ビールメーカーが必要だ。というビール文化の多様性を考える格調高い会話に終始し、「細川たかしショー」のチケットをもらうには何新聞がよいかなどと言う話はまったく出なかった。

●今日は格調の高い充実した一日であった。

恒例 箱根駅伝

1月2日(金)

2日は箱根駅伝1日目。今年はゆえあって城西大学を応援している。まだ駅伝部は創立3年目だが、もう箱根駅伝出場権利を得た。これはすごいことだ。監督はもとSBの平塚、コーチは箱根駅伝で伝説を創った櫛部くんだ。伝説というのは1991年の早稲田の第2区、エース区間を快調に走っていた櫛部は15km付近で突然不調になり、フラフラになった。あっという間にほとんどの大学我が家の食卓に抜かれほとんど最下位におちて、やっと3区の走者にタスキを渡した。13人抜かれという記録を作った。こういう苦労をした櫛部コーチだからいい選手を育ててくれるだろう。彼はまだ現役走者として元旦のニューイヤー駅伝に出ている。

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◆ところでいま小田原中継所を城西大学は19位(20大学中)で通過した。名門早稲田がその前、そのちょっと前にやはり名門中央大学が低レベル争いをしている。トップは駒沢、2位は日体大、3位の東海大学の中井が追い上げている。

◆今日はまもなくその城西大学関係者がおいでになる。我が家の第一回目の新年会だ。左の写真は、今日のごちそうなのだが、取り皿ばかりで、肝心のごちそうがちょこっとしか写っていない。あまりうらやましがらせてはいけないので、これぐらいにしておこう。