一人ぶらりバー 目白台崖下散歩 

Stay Home が続いているのであまり遠くへ出かけることができません。友達を誘うのも躊躇します。しかたがないので一人で近所を歩き回っています。以下に載せたのは5月になってからのものです。4月中はブログにはなにも書かなかったので、日付だけさかのぼって乗せておきます。ほとんどはFBに載せたものです。地図の画像のようです

都立高校の先生を辞めたあと学習院高校で非常勤講師として週1回勤めていた。地学の先生はラグビー部の顧問で、昼休みに地学室に集まってビデオを見ていた。その中で顧問の自慢だった江見選手がいた。先日の決勝戦では福岡選手ばかりが目立っていたが、サントリーの江見選手の活躍もすばらしかった。彼は俺の教え子だぜ!とちょっと威張りたかった。木、通りの画像のようです

 その学習院の敷地は山手線の目白駅の隣接している。目白駅では階段を昇ったところに改札口がある。ホームは地面の下にあるが高田馬場側では線路の下を道路が通っている。改札口前の高度30m、反対側は線路下は5m、駅脇の道路の高度差は25mもあってかなりきつい。通り、道路の画像のようです
 本日は目白駅下の崖の続きを歩いてみた。実際には椿山荘の下から崖下を歩いた。木、アウトドアの画像のようです水域、木の画像のようですヤマップというアプリを使うと歩いたコースが2万5千分の1地形図に表示される(青い線)。その地図に崖線(茶色)を入れたのがこの地図である。歩いた道は旧神田川の流路である。学習院の下のカーブはまさにへび道。優雅に蛇行している道路はきもちいい。道路、木の画像のようです
 木、自然の画像のようです24日椿山荘の次の写真は関口芭蕉庵、松尾芭蕉は江戸に出てきてからしばらくは神田川改修の土木仕事をやっていたららしい。その時に住んでいた場所がここだ。現在の入り口は胸突き坂の途中から入る。次の写真が胸突き坂と水神社の景色である。この文章の上の写真は幽霊坂であるが、それは新江戸川公園(旧細川藩の屋敷の庭園:永青文庫)の横から上がる坂で、昼なお暗いので幽霊坂と呼ばれる。胸突き坂と違って階段(怪談)はないので年寄りにはきつい坂である。木、アウトドアの画像のようです坂の上が和敬塾、地方からの学生が寄宿した寮で500人もの学生が住む。村上龍もこの塾出身。今は外国からの学生も多い。前川喜作という篤志家が細川屋敷の一部を取得して建てた。元文部次官の前川喜平は孫。木、自然、草の画像のようです
アウトドア、木の画像のようです
 目白駅の下をくぐって進むと「おとめ山公園」に出る。子どもたちが湧水でできた池でザリガニ取りをしている。おとめ=乙女ではなく将軍家の鷹狩り場で他の人は入れない「御留」山だった。お留山をすぎるとボタンで有名な薬王院。そのわきの坂はまたまたきつい。

荒川:芝桜がみごと

  本日はお弁当をもって荒川を自転車で走ってきた。まずJR王子駅まで20分、そこから江北橋を渡って荒川左岸の自転車道路を堀切橋まで行った。橋の近くの桜の下でおにぎり弁当を海苔お餅を食べる。

さらに下流に行こうと思ったが風があるので、上流に向かった。江北橋まで戻ったが、気分が良いのでさらに川口方面に向かう。途中で荒川堤の桜を眺めるが、ここにはかなり大勢の人がいたので、新荒川大橋を渡って赤羽に出る。橋の途中で右手の土手にピンクのじゅうたんが見えたので行ってみる。芝桜が今は満開。係の人に聞くと例年は大混雑するそうだが、本日はごく数人。

こんな景色見なければもったいない。といっても仲間に知らせると大挙して押しかけるだろうからまずい。奥さんを誘ってみよう。でもここまで歩くのはきついかな。

若者、非常事態、狛犬

若いFB仲間のYAMAOKA君が書いていた。

年寄り世代➡若者世代
感染を広めないように自制してに、対する返しとしては…
若者世代➡年寄り世代
僕らの年金なくならないよう自制してで、どうでしょうか?

テレビで見ていたら、目黒川沿いをウロウロしている若者たちが、「本気で中止と言ってくれたら止めるけど、まだ自粛でしょ」と言っていた。大人は若者たちは緊張感がないと怒るが、毎日テレビを見ている私には、政府には全く緊張感がないとしか言いようがない。首相はだらだらと新製コロナ終息後にこれまでにない経済対策の話をしている。問題は、いまが大事な時というのに、全く緊張感はない。

一番先に閉鎖して欲しいパチンコ屋はどこも自粛していない。IR利権がものすごいので安倍首相はなにも言えないらしい。安倍首相の奥さんは桜の下で宴会をしている画像をネットに投稿している。国会で指摘された首相は「花見ではない、レストランに行ってはいけないのか」と色を成して怒っている。奥さんいは何も言えないらしい。こんなジイサンを見ていたら若者たちはだれも言うことは聞かない。まず自らが律しないと誰も言うことは聞かないということを年寄り世代は自覚しなければいけない。

私は小池都知事の言うことを聞いて三密を避けるようにしてウロウロしている。三密とは仏教用語で「身密,口密,意密」の総称。仏の身体と言葉と心によって行われる3つの行為を三密と称されるそうだ。小池都知事の三密は図のような意味である。
家に籠ったら「密」になるので、指示を守って私は喚起のいい場所に行っている。ジイサンは非常事態宣言で「私権」が制限されるという事態は絶対に避けたいと思っている。いちど非常事態が宣言されるとあとは気楽に罰則を持った制限がなされるようになる。インドでは違反すると平手打ちの後スクワットをさせられる。ああなるのはいやだから小池都知事の要請を受け入れている。

実はこの記事は25日に書いたものを思い出しながら29日に書いた。たぶんどこか変なところを触ったので消えたのだろう。
人のいないところを選んでマスクをしてしゃべらないように写真を撮っている。本日はソメイヨシノの誕生の地染井墓地と上中里の平塚神社。この神社の狛犬はなかなかすばらしい。どちらも人はごく数人。

狛犬楽会 お花見! 中止

3月25日午後8時に小池都知事から自粛要請が出ました。こんな時に年寄りがウロウロすると皆さんに非難されそうです。ということで、中止にします。ブログは残しておきます。

昨日安倍首相は新型コロナの自粛について解除するともしないともなんやらわからない説明を丁寧に行った。2月末に全国の学校を休校にする要請をした時、責任を自らが引き受けるとしてだれにも相談せず断固宣言した。しかし今回(19日)は専門家会議の提言をいれて自粛要請の解除を認めるような判断をした。専門家会議に責任を任せたということだろうか?

学校は新学期の準備をしてください。ということは一斉休校は解除されたと考えていいのだろう。大規模イベントは主催者側がリスクを考えて開催していい、とのこと。要は専門家会議に責任を押し付けて、イベントなどは自己責任でやるようにということになった。もしそこでオーバーシュートが起こったとしても国の責任はないといいたいのだろうか?

年寄りはなるべく外出しないように、とのお達しだったが、これからは「自己責任でやってよい」ということらしい。28日に峠楽会を等々力渓谷で行うことにしていたが、行先変更。隅田川河口あたりの桜が咲き始めているようだ。28日(土)あたりが満開の様子なので、行ってみましょう。

ということで「峠楽会探索会」は以下の場所で行うことにしました。(中止です)
日時 3月28日(土)1時半
集合場所 大江戸線、東京メトロ東西線 門前仲町駅 No4地上出口
解散場所 中央大橋

狛ヘビ 矢川弁財天

 12日は御岳山で紅葉屋開業90周年をやることになっていた。しかしコロナで中止。憂さ晴らしに立川で宴会をすることにした。その前に下島さんに「狛ヘビ」を案内してもらった。矢川という超短い川の源頭に小さな池があり、そこから川が流れているが、長さは1.2キロで多摩川に合流する。下島さんによれば矢のように早く水が流れるので「矢川」というのだそうだ。

南武線西国立駅から少し歩くと矢川緑地がある。立川聖苑の先から下りにかかる。この斜面は府中崖線である。光西寺という西本願寺系の前から緑地に入る。現在ボードウォークは工事中。すでに緋寒桜が満開! 新しいカメラは花をとるのが下手で、今回も失敗。 道路を渡って反対側に降りると矢川弁財天がある。弁財天は弁天さんで、七福神の中で唯一女性の神さま。いつも水辺にある。三大弁財天というのは安芸の厳島神社、琵琶湖の竹生島神社、江の島の弁財天、あるいは天河弁財天(奈良県天川村)と言われる。ここのは小さいがちゃんと池と祠がある。ついでに橋の欄干にもヘビが・・・。

 

 

 

今年もよく歩いたかな??

スマホを新しくしたので、歩数計がしっかり働いてくれる。
今年一年間でどれだけ歩いたか、計算が簡単にできる。1月は平均1.5万歩を越えたが2月はかすかす。これは6日間スキー行ったことが関係あり。スキーで滑っている間は歩数をカウントしない。4月は10日間上海旅行。スマホを置いて行った。6月7月は暑くて外に出る気がしなかったので平均で1万歩を切った。来年は1年平均で1.5万歩を超えるようにしよう。な~んてね。年寄りの冷や水。1万歩でいいよ。

2019年 月間歩数 1日平均
1月 487,351歩 15,721歩
2月 304,612歩 10,879歩
3月 421,946 13,611
4月 248,523 8,284
5月 359,432 11,595
6月 278,157 9,272
7月 338,568 10,922
8月 462,150 14,908
9月 452,057 15,069
10月 357,972 11,547
11月 436,198 14,540
12月 480,893 15,513
4,627,859 12,679

 

キャッシュレス社会?

まもなく消費増税が行われる。それに合わせてポイント還元が盛んに宣伝されている。2%の増税以上の5%還元が行われるようある。みなさんどういう選択をしたらいいか、大騒ぎだ。でもよく考えると増税しておいてそれ以上の見返りを与えるというのはおかしくないかな? それなら増税しなけりゃいいのにと誰もが思う。どこにからくりがあるのか。

1.カード(デビット)やスマホ決済にするとポイントがつくのでお得とのこと。しかし還元はカードやスマホ決済に誘導するための呼び水。ペイペイなどで決済させようということらしい。中国、韓国ではスマホ決済が90%にもなっている。わが国も負けてはいられないので、キャッシュレスを普及させようということらしい。しかしおまけのポイントは、期限付きで来年の6月までとか。要は当面の増税の目くらましということ。

2.キャッシュレスの決算をさせると誰が儲かるの?。キャッシュレス決済にすると消費は20 %
程度上がるそうだ。政府はなんとか経済を上向きにしたい。ペイペイ、ラインペイなど業者は大いに儲かる。政府はこれら業者と手を組んだ。でもペイペイはソフトバンクの子会社、ラインペイはネイバー社の子会社だ。ネイバー社は政府が大嫌いな韓国企業だ。経済と政治は別次元?

3.政府にはさらに大きな目論見がある。それは将来マイナンバーカードと連携させようというものだ。そうなればマイナンバーから個人情報はいくらでも取り出せる。銀行預金を把握できるので税金は確実に徴収できる。国勢調査などやらなくても個人情報は把握できる。分析すれば超ビッグデータも利用できる。選挙行動パターンを読めば、出口調査などしなくてもだれが当選するか即時にわかる。選挙など意味がなくなるかも。

■ 私のやれること!
 私はブログも公表し、FBで友人たちと交流している。するとパソコンには私の興味ありそうな広告が次々に表示される。もしかするとこの人と知り合いではないか? なども表示される。それで旧友と再会したという利点もあるが、どこでどう私の情報を仕入れているのか不気味に思うこともある。現代社会においてスマホやパソコン、カードを使うということは、個人情報を提供しているといいうことだから、個人情報の流出はある程度は仕方がない。
  NHKと違って民放テレビは全部タダである。インターネットもタダで情報をいくらでも提供してくれる。しかし民放やインターネット業者が善意で身銭を切って提供しているとはだれも思っていない。どこかで誰かが儲けているのだ。一番の儲け頭が電通など広告代理店なのだろう。今の社会はそうなっているんだから、文句を言っても仕方がない。

▲ こんな状況の中、私は今後どう対処するかを考えている。お国の方針に流されて、個人情報を丸ごと全部SOFTBankや韓国子会社のLINEに売り渡すか? ほんのちょっとのポイント還元におどらされて。
  私はここで立ち止まってキャッシュレス社会に組み込まれないようにしようと考えている。一致団結して国際競争に立ち向かいたいという政府の方針とは反するので、非国民扱いされるかもしれない。しかし私は貯金の残高がいくらあるかなど権力者に知られたくはない。昨日何を買ったか、何の本を読んだか、だれと知り合いか、などなど知らせる必要のない情報をさらされたくはない。

  香港のデモ学生が黒マスクをして顔を隠しているが、中国当局はとっくに学生の素性は察知している。香港も完全なスマホ社会である。当局は彼らの情報はしっかり把握している。世界情勢で不利なので今は様子を見ているが、その気になればいつでも動き出すはずだ。学生たちはそれを恐れて、必死になって外国にメッセージを送り続けている。

  私は昨年今年と上海に行ってみて驚いた。ほとんどの経済活動がスマホ決済なのだ。町での物乞い(公にはいないはず)でもQRコードをもっている。路上ライブの投げ銭もQRコードである。スマホを持っていないジイバアは家から出ることができないのだ。

  来年からはスマホを持っていないとずいぶん窮屈な生活になると思われる。政府はキャッシュレス決済を8割程度まで上げることを目標にしている。それぐらいないとキャッシュレス決済のメリットがないからだ。
  政府に協力して皆さん登録しましょうと言われる。しかし私は今ぐらいの進歩で十分でそれ以上便利にならなくてもいい。

  便利さの引き換えにリスクが大きくなるのはごめんだ。と思っていたところに今回の台風15号の停電被害。停電でスマホが使えないことで命の危険に陥ることがあるのだ。
 私の決心は確固たるものとなる。ポイントの還元などという目先の餌に飛びついてなるか。孫さん(ペイペイ)や高さん(ラインペイCEO 高永受)さらに安倍さん(総理大臣)らに個人情報を売り渡してなるかという思いをもった。

 とりあえず、こんな感じで行こうと思っています。
「カードお持ちじゃないですか?」
「Suica持っているよ!」
「登録しないとポイント還元できません」
「ポイントはいらないよ!」
「ポイントの代わりにシルバーパスをもらっているから十分だよ」

白山神社と根津神社

日時 9月14日(土)1:30
場所 都営三田線 白山駅(春日側改札口)
第五回目の狛犬楽会です。白山神社と根津神社です。
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白山神社は加賀の白山から神さまを勧請してきた神社です。本家の白山(2,702m)は日本三霊山のひとつです。ふもとに白山神社があるのですが、文京区にある白山神社は白山比咩神社(加賀一宮)から菊理媛神(くくりひめ)に来ていただいた神社で、縁結びの神として知られています。CIMG0024.JPG

なんと中国革命の父「孫文」と日本の同志を結び付けた神社でもあります。孫文がどんな人であったかは、座石に詳しく書いてあります。hakusan-koma2.jpg

白山神社が台地のふちにあることは高い石段からもわかります。神社境内には富士塚もあります。ついでですが富士講の創始者である食行身禄行者の墓が根津神社へ行く途中にあることを知っている人は少ないようです。

その前に白山下から上る道の途中には八百屋お七の墓がありました。最近見えないなと思っていたら立派なビルのお寺の前に引っ越していました。それも見学してから行きましょう。CIMG0104.JPG

根津神社は台地の崖を下ったところにあります。白山神社に比べるととても華やかです。徳川綱吉が寄進をした建物がたくさんあります。つつじ祭りでにぎわう寺ですが、建物自体も見ものです。ここの狛犬がいいのです。お犬様の綱吉と何らかの関連があるのか?nedu-koma9.jpg

■ 孫文のこと

明治43年(1910年)孫文は当時、白山神社の近くの宮崎滔天宅にかくまわれていた。2人はこの座石に腰掛け語り合った。その時、夜空にはハレー彗星が夜空いっぱいに輝いていたという。孫文はこの奇跡的天体を見て「革命が成功する兆しだよ」と語ったという。宮崎滔天の次男龍介は、「花子とアン」にでてきた柳原白蓮(本名・宮崎燁子)と駆け落ちした革命家の帝大生だそうだ。

孫文は祖国の革命を心に誓い、翌年の明治44年(1911年)10月10日清朝を倒した辛亥革命の最高指導者となり、中国国民党の創設者になった。孫文は東京で26歳年下で英文秘書をだった宋慶齢と結婚した。国民党は清朝を倒したが中国国内は混迷を極めた。1925年孫文は「革命いまだならず」の言葉を残し没した。南京市の「中山陵」がお墓。

後継者蒋介石(妻は宋美齡〔慶齢の姉〕は中国国土を制圧するも毛沢東の共産党に敗れ、1949年に台湾に逃れた。宋慶齢は姉とたもとを分かち中国大陸に残った。中華人民共和国成立後は中央人民政府副主席を務めた。1981年没。中華人民共和国名誉主席の称号あたえられた。

孫文の革命は妻の宋慶齢を通して中華人民共和国として成し遂げられたというののだろうか??中国の歴史というのは三国志の時代からなかなか理解しがたい。
おまけの情報。孫文はロンドンに亡命中に大英博物館にいた南方熊楠と友人になっている。日本亡命中にはわざわざ和歌山に熊楠に会うためだけに訪れている。お互いに尊敬する間柄だった。

大阪に行ってきました。

九月になりました。ここのところおばあさんの介護にかまけて、パソコンの前に座る気分にならず、ブログの更新もままなりませんでした。おばあさんは我が家から5分の特別養護老人ホーム(特養)に入ることができました。

7月の入院時に比べると格段に回復し、自分で箸をもって食事ができるようになりました。これは奇跡的ことです。しかし認知の方がかなり高まりました。もう100歳ですから、年相応かもしれません。ということで私は週に2,3回見舞いに行けばいいだけになりました。しかしまあ特養というのは大変なところです。我が家ではとてもこんな面倒は見ることができません。介護の方々には感謝の念しかありません。ありがたいことで頭が下がります。

ところで8月の終わり、大阪に行く用事があり、街をぶらぶらしてみました。私は大阪になじみがないので、どこがどこかわかりません。今回は午前中ちょっとひまがあったので、今宮という駅から通天閣、なんば、道頓堀など繁華街を歩いてみました。まだ朝早かったので、お客は外国人だけで、賑わいはありませんでしたが、その位置関係は少しわかりました。絵日記にしておきます。

ここから今宮戎神社。1月の10日は十日戎として100万人も訪れるという人気神社だ。しかし本日暑くて人はいない。


ここから木津市場、ここは築地市場みたいなところか? 場外市場はもう賑わっていた。

広大な「なんば」の駅をみて道頓堀へ。もう賑わっていたな。ツルハドラッグは我が家のそばにもあるが、こちらは中国人で大行列。

このあとは黒門市場。

さらに生國魂神社へ行った。この神社は大阪の低地と上町台地の境にある。けっこう大きな段差、坂道だ。

今年のボタン

例年落合の薬王院に行く!ボタンの名所だから。といあえず写真!
22日に奥さんが西新井大師に行って写真を撮ってきた。
薬王院では黄色いのが撮れなかったので、借用し追加した。

芝東照宮の狛犬

東照宮というのは徳川家康を祀るお宮。日光東照宮だけが有名だが、実は各所に東照宮はある。静岡の久能山の東照宮、上野の東照宮と増上寺の東照宮が4大東照宮としても知られていた。しかし明治政府の神仏分離令で増上寺と分離され「郷社」となった。神社には大社中社などの社格があったが郷社はかなり下の位である。さらに太平洋戦争のときの空襲によって完全に破壊された。復旧は遅れ、今も増上寺の片隅に小さくたたずんでいる。

ここにもなかなかいい感じの狛犬がいる。東京タワーを背景にして写真をとるとなかなか様になる。この狛犬、1788年制作とある。

腰痛は筋肉を鍛えることで治る?? 

ここのところ腰痛がひどく朝起きてからしばらくは行動ができない。四番五番の背骨の間が加齢のためにすり減ってきているので痛みが出るのだそうだ。若い時にはそれぞれの背骨には筋肉がついているので隙間を保っていいるが、年取って筋肉が衰えてくると背骨を支えるのが難しくなってくるとのこと。整形に行くと注射をしてくれる。しばらくの間はいいのだが、1週間もすると痛みはぶり返す。

筋肉を鍛えるしか方法はなさそうだが、もう鍛えるほど運動はできない。そこで私の独自の運動療法を実践し始めた。それは散歩。ゆっくりでいいから長い時間歩くこと。奥さんと一緒に運動をやろうとしたら、花粉症がひどくて外に出るのは嫌というので一人で出かけることにした。私も鼻がぐじゅぐじゅしているが、年寄りは花粉症にならないという話を信用して、これは花粉症ではないといい続けている。

ただ散歩していても面白くないので、趣味の狛犬探索散歩と称して今週は港区を回ることにした。以下は芝大門の芝大神宮の狛犬。阿吽の狛犬が石段の上に置かれている。江戸尾立型というそうだが、作ったのは新しそうだ。

向かって右が阿形で頭の上に宝珠が乗っている。向かって左が吽形で頭に角が乗っている。昔は口をつむって角があるのが狛犬、口をあいており宝珠を載せるのが獅子とのことだった。これが昔ながらの正しい配置のようだ。

 

首のない狛犬、カッパ狛犬!

先日目黒不動に行ったら狛犬がうじゃうじゃいた。ということは目白不動にも狛犬がいるだろうと出かけてみた。目白不動は今は都電の学習院下駅の近くにあるが、元は江戸川橋から椿山荘に上る坂の途中にあった。現在の目白不動も急な坂の途中にある。足をがくがくさせながら下った目白不動に狛犬はいなかった。 目白不動をでて面影橋に向かう途中に高田の氷川神社がある。我が家の近くにはそこここに氷川神社がある。大宮の氷川神社が本社だが、もともとは出雲の斐伊川に住む神を、関東の地に招来した豪族がいたのだろう。埼玉大宮にある氷川神社で聞いてみたが、そこから冷たい湧水が出たことから氷川と呼んだということだった。東京の氷川神社の中には本来の簸川(斐伊川)神社とするところもある。

まあそれはそうとして、この氷川神社の社殿の前には狛犬がいたが、昭和のありふれたものなので通り過ぎた。しかしちょっと気になったので振り返ったら鳥居の脇に黒っぽい古そうな狛犬がいた。しかしちょっと変。よく見ると阿吽の吽の方の首から上がない。阿の方も右の耳が欠けている。自然に風化したわけではない。転がり落ちてもこんな壊れ方はしない。これも誰か人の手で破壊したものだ。罰当たりな奴め! かなり腹を立てて面影橋を渡り、高田馬場方面に上っていった。右手に亮朝院というお寺があった。お寺で狛犬はあまり見ないが、石段を登った上に一対の狛犬がいる。これも変わった形の狛犬だ。頭の上にお皿がある。カッパ狛犬かな??

上野界隈 東照宮・五条稲荷神社

ちょっとエッチな絵じゃない?教育的ではないな!

友人の書を見るために上野の東京都美術館に行った。月曜日はお休み。代わりに見に行こうとした上野の森美術館はフェルメール展で長蛇の列。しかたなく隣の芸術院会館?の美術館(無料)に入ったが、ナニコレ!という感じ。トイレを借りて出てきた。  東照宮で寒ボタンを見に行くことに。上野は隅々まで見ているはずだったが東照宮の立派な狛犬は見落としていた。いいカメラをもっていかなかったので逆光でとれなかった。時間を考えて行こう。狛犬とクロガネモチの赤い実に気をとられていたのでボタンを見ずに出てきた。

もう一つ五条稲荷神社がある。ここの狛犬もよかった。稲荷なので狐はあるが、それほど面白くない。おもしろいのは崖面にある穴、お穴が神社になっている。伝通院の近くにもお穴神社があったが、ここは中は見えなかった。   この神社の赤い鳥居はインスタ映えするのか、着物を着たお嬢さんたちが写真を撮っている。話をしたら台湾からの女性だった。他にもたくさんいたが皆外国人。今時着物を見るのは外国人だけなのか。

高幡不動尊に行ってきました。

京王線で高尾山に行くことが多いが、車窓から見える金ぴかの五重塔が気になっていた。高幡不動駅にあるので当然高幡不動尊だ。不動尊というのは不動明王のこと。インドの神様で「揺るぎなき守護者」=不動明王だそうだ。

空海の持ち帰った密教では重要な神さまだが、日本以外にはあまり見られない神様だそうだ。神さまといっても仏教を守護する神様だから寺に置かれている。
仏法に従わない者を恐ろしげな姿で脅し教え諭し、仏法に敵対する事を力ずくで止めさせる、外道に進もうとする者はとらえて内道に戻すなど、極めて積極的な介入を行う姿である。とされている。

真言宗智山派別格本山 高幡山明王院金剛寺というそうだ。関東三不動の一つだそうだ。他は成田山新勝寺と玉嶹山總願寺(不動ヶ岡不動尊)(埼玉県)高幡不動と成田不動は知られているので確定だが、3つ目はいろいろあるようだ。不動岡不動を入れる場合が多いとのこと。埼玉の教員試験を受けた時に不動岡高校に行かないかと言われたこともあった。分校で利根川の向こうにあったので、渡し船で通う高校だった。それを思い出して、不動岡不動を三大不動に入れたいなと、私は思っている。

広い境内にはいくつもの建物があるが、往時はこんなものではなくもっと大寺院だったようだ。江戸時代に火事で焼けたが、昭和50年以降徐々に五重塔、大日堂、鐘楼などが再建されたという。総重量1トンもある日本一の丈六不動尊は千年ぶりの修復が完了して安置されている。これはすごい。パンフレットの写真を借用。

日野市にある寺なので新選組と縁が深い。土方歳三の生家は高幡山の檀家の筆頭格の急かだそうだ。歳三の命日には新選組祭りが開催されるそうだ。歳三さんが各所におられる。