海宝ロードランニング 夏物語 in 伊南川

夕方までに旧伊南村の民宿に到着。赤岩温泉と宴会に合流して夏物語の参加。途中参加というのはないのだろうが、私は前から尾瀬を通る沼田街道に興味があり、一度通ってみたかった。なにせ今の時代東京から檜枝岐や伊南村に行くには日光から山王峠をこえるか、高速道路からは塩原温泉経由、野岩鉄道尾瀬口から中山峠を越えて入るか、とおく新潟県魚沼から枝折峠を越え奥只見湖を通って御池にでるコースの二つしかない。

昔は沼山峠を越え尾瀬沼を経由して三平峠から片品村に出て、沼田に抜ける沼田街道があった。一時期この沼田街道を広げて車を通す計画があり、檜枝岐から御池、沼山峠まで舗装道路が通った。しかし平野長英さんをはじめとする自然保護の波が大きくなり、ついに環境庁は道路計画にストップをかけた。道路は沼山峠でストップしたままだ。しかし群馬県側の大清水付近では、三平峠の下まで自動車を通そうとしているのではという動きがみられる。我々ミーハーはつい「ラッキー」と言って載せてもらったが、これからどうなるか。

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それはさておき、夏物語2日目は田吾作のすぐ裏にある久川城跡の散策。田舎の城だがなかなかのもので、かの伊達正宗も落とせなかったという。もちろん大阪城や江戸城に比べようもないが八王子城などの山城に比べれば規模も大きく、よく計画されている。しかしまあ、ここを攻め落としたところでどうなるってものでもないので、蒲生氏が建てた後しばらくして廃城になり、この地から戦乱が消えた。今も昔も武器を持たなければ戦乱は起きないのだ。

そんな思いをしながら、青柳の集落におりてくる。昨日同様トマトハウスへ寄る。この辺りはトマトの名産地。新鮮なトマトはおいしいこと。今回訪れた農家はいろいろな品種を育てている。我が介護者は本来の仕事を忘れて、われoze-inagawa053 oze-inagawa052先のハウスに入りおいしそうなトマトを集めている。珍しいブラックトマトを見た。

満足満足。昼前に民宿に帰りシャワーを浴びてお昼をいただいて解散。我らは無視ヤリ主催者の車に便乗して東京まで運んでもらった。ありがと言うございました。

動画作りました。クリックして!

 

 

 

 

雨の尾瀬沼 でもいい感じだったよ!

東京は雨は降っていなかった。新幹線、上越線も大丈夫。尾瀬戸倉でバスを降りた時には青空が見えてきた。ラッキー。さらにラッキーは大清水から一ノ瀬休憩所まで電気自動車が試験運行をしている。歩くと1時かかるところを無料で送迎してくれる。よいよいの体にとっては最高にラッキー!

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バス停の人に聞いたら、今は花もないし天気も悪いのでほとんど人はいませんよ! あんなに賑わう尾瀬も今は「静かな尾瀬・・・」になっている。3時間の登りは2時間に短縮。のんびりと登っていくと、予想通り雨が降ってきた。合羽を着て歩くが、涼しいので不快ではない。三平峠で休憩と思っていたが、雨がひどいので、木(もく)道をもくもくと歩く。予定通り2時間で長蔵小屋に着く。

尾瀬を開いた平野長蔵さんの小屋が原型で、いまは立派な建物だ。二代目平野長英・靖子さんが後を継ぎ、三代目の息子が継いだが、彼は36歳の冬に三平峠遭難して亡くなった。平野家三代が尾瀬の自然保護の原点と言われているが、その後は会社の経営となっている。会社経営になってから、ゴミの不法投棄で大問題になり。しばらく経営を自粛していたこともある。自然保護の神さまの平野さんはあの世で聞いて、きっと嘆いたことだろう。

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雨なので木道は滑りやすい。介護者は「滑らないように!」と後ろを向いて注意してくれたが、自身が踏み外してベチャと木道に抱きついていた。あんまり頼りにならない介護者だった・・・・そんなこと言ったらもう二度と付き合ってもらえない。「けがなかった?大丈夫?」と笑いをこらえながら、心配そうに問いかけた。「肩が痛い!」

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予定よりも早いバスに乗れそうなので、ちょっと急いで大江湿原を歩く。沼山峠に登り返して少し下ると、沼山峠の休憩所。14時10分発のバスに乗ることができた。乗ったとたんにバケツをひっくり返したような雨。朝のうちに電気自動車で1時間短縮したおかげで、大雨に会わずに済んだ。よかった。旧伊南村の民宿田吾作で、皆さんに合流。宴会!

御徒町でおそばにお酒!

三田さんのお誘いで御徒町でおそばの会。サンタは三人の田さんの略。田口、田村、田中の三人が言いだしっぺ。今回は中さんからのさそいで口さんがモンゴルで勲章をもらったから、そのお祝いをしようかとのこと。7個目か8個目の勲章だそうだ。すごいね。こんな偉い人と知り合いだったとは。少しは敬意を払わなければ・・・・

我が家の奥さんの旧姓は村さんと同じで、この会には必ず参加している。ふだんはお酒を飲むことはないが、三人の田さんの会の時だけは少しだけたしなんで、「ちょっとこっちの方が深い味だね」などとわかったようなことを言っている。時々は飲んでへろへろになるという経験をした方がいいのだが、古希のばあさんではもう遅いか。

ところで、私の方は、体調はだいぶ回復してきたので、明日朝早く出かけることにした。予定通り尾瀬越えで、新幹線高崎から上越線で沼田。バスで片品村へいき、大清水まで入って、三平峠経由尾瀬沼。さらに大江湿原を通って沼山峠に上がり、そこから七入りに下って、後はバスで檜枝岐集落、旧伊南村役場まで行こうというもの。

雨ならかなり大変だが、降らなければ歩くだけ。今回は介護者がついてくれるとになったので、安心している。遅くならないうちに失礼して明日に備えることにした。map21

 

 

風邪かな? 熱が出てきた! 無理は禁物

朝起きたら寒かった。急激に気温が下がったらしく、9月下旬の気候だとテレビでは言っている。私の気分はそんなものではなくガタガタ震えるぐらいの寒さだった。これはおかしい。体温計で計ると 38.5℃ もある。私の平熱は 35℃ だから、これはかなりの高熱だ。先週は孫が風邪をひいて、熱を出していた。きっとそれがうつったのだろ。

日曜、月曜の動きがかなりハードで、疲労が蓄積したところで、潜んでいた風邪の病原菌、ウィルスが発現したのだろう。もうこの年ではむりな動きはしてはいけない、と言うことを再確認。しかしどのくらいやると無理なのかは、ときどきは確かめなければいけない。今週の土日は南会津の伊南川での海宝さんのランニング講座に行くが、そこでちょっと確かめてみようか。と思ったが、この熱では行くことも無理かも!!

今月の歩行数は60万歩に達しそうだと、20日ごろには思っていたが、水曜日から1ケタずつ減っている。この分では50万ちょっとしか行かないだろう。これも無理しちゃいけない! の一連の動きだ。目標を立ててそれに向けて努力を積み重ねるということをしてはいけないということだろう。頑張らない、努力をしない、無理しない が今の3ない運動。

オートバイ三ない運動ってのが、私の清瀬時代にあったなあ! 「運転させない」「買わせない」「免許を取らせない」 かなり無理があったなあ。バイク王・賀曽利さんはすべてに違反していたから大成したのだ。そういえば私と付き合いのある清瀬時代の生徒はすべて三ない運動に違反していた連中だ。三ない運動なんか、よけいなお世話だな。

熱に浮かされてよけいなことをかいてしまった。

腰痛ぶり返し 神の手にお願い

日曜日のサッカーの後、腰が痛くなってきたが、それはクーリングダウンが足りなかったせいだろうと、昨日は城北公園でしばらく走った。近年は人間ができてきたので、だれに追い越されても、追いかけるようなことはしなくなった。ところが私よりも高齢そうなおばあさんがトコトコと同じペースで歩いてきた。並んだと思ったらあっという間に追い越された。

私は走っているつもり、向こうは歩いている。なのに追い越されるとは、かなりのショック。ついついスピードを上げて、追いつき、追い越した。これは今の私にとってはかなり無理があったらしく、5分ぐらいそのペースを持続したら、腰がさらに痛くなってきた。やはりまだ円熟の境地に達していない。無理したら、あとでしっぺ返しが来ることを頭で理解はしていたが、体はまだ理解していなかった。

本日朝起きたら腰痛がさらにひどくなっていた。腰痛などの救いの手は、私にとって「神の手」である文寿さま(要町の文寿整骨院)にお願いするしかない。いつもは特別治療で一回で直してもらうのだが、現在は高齢者なので保険でお願いする。これから何回か通わなければならないだろう。

本日はあとつぎの息子さんの治療だったので、神の手の威力は半分くらいだったが、腰痛はだいぶ回復。来るときにはガニマタだったが家に帰るときには、真っすぐサッサと歩けるようになった。さすが神の手一家だ。

今週もサッカー 巣鴨までウォーミングアップ

今週もサッカー。本日は三菱養和会の人工芝グランド。我が家からは5キロぐらいだから、ちょうどウォーミングアップによい。ついでにクー-リングダウンで走って帰るのもよいかな。本日は24日、4の日は巣鴨のお地蔵様の縁日。まさにじじばばの原宿のようで、都電の庚申塚から巣鴨駅まで延々と人の波。

私もじじばば仲間だが、青果市場の方に移動してサッカー場に行く。結構暑いのに、元気なジジババがすでに大勢待機している。交通の便がいいせいか、巣鴨の時には参加者は多い。本日も15分を5回やったので、1時間15分。ちょっと動きすぎた感じで、背中が痛い。

それでも整理体操はきちんとやらなければ、ということで歩いて帰宅。シャワーを浴びて、しばらく昼寝してからビール。背中がよけい痛くなってきた。こりゃまずい。奥さんに知られると、サッカー・ビール禁止になるから。

広島の災害は救援がなかなか進まない。なんであの地域だけに雨が降るのだろう。東京は予報では時々雨だが、ちっとも降らない。半分ぐらい引き受けてもいいのに。

広島 巨岩がゴロゴロ

広島の土石龍災害の映像を見るのは心が痛む。遠くにいて何もできない。しかし近くにいる消防、警察、自衛隊もしばしば作業を中断している様子だ。早く何とかしてほしいと思うが、どうにもならないのだろう。 どうしてこんな人い災害になったのか、さまざまなところで原因追究がなされている。決定的なのはとてつもない大雨、1時間に100mmというのは、誰も経験したことがないほどの雨だろう。

そしてこの地の地質。広島県は島々も含んでほとんどの地域が花崗岩でできている。関東東北の人たちは、あまり白砂青松の海岸を見たことは少ないかもしれない。 瀬戸内海の白砂は、真砂 なのだ。花崗岩は石英、長石、黒雲母などの結晶が地下深くで組み合わさったものだ。石に近寄ってみればすぐにわかる。石英というのはガラスのようで固いので、長石が粘土に変化した後に残る。石英がたくさんある白っぽい砂が真砂である。 この真砂の中には砂鉄がけっこうたくさん含まれている。

昔々出雲の方では、真砂に含まれる砂鉄をとるために山を削って水で流して比重の大きな鉄をより分け、たたら(ふいご)で溶かして製鉄をした。そのため出雲地方の山々は崩れ、木も生えなくなった。たたら製鉄の範囲は広がり、広島県の太田川の上流部分にも大きな製鉄所が造られ、山ははげ山になってきた。 花崗岩は地下深くでできた岩石だから、地表付近の圧力の弱い所に出てくると、崩壊が激しくなる。これが風化である。かたい岩石だが、むき出しになると風香は進む。こんど崩れた場所は、たぶんむかし製鉄がおこなわれ、いったんはげ山になって、風化が進んだ。その真砂土に松が生え、風化層は見えなくなっていたのだろう。

厳島 弥山 頂上の巨岩

厳島 弥山 頂上の巨岩

ところで、土石流の跡をみると、とてつもなく大きな岩がいくつも転がっている。今回の土石流ではこの巨大な岩が、あたりかまわずなぎ倒していったのだろう。ふだんチョロチョロとしか流れていない沢の水ではこんな石は流れない。あの大きな岩を流した水流というのはどんなだったのだろう。 ところで上の写真は広島県の厳島神社の奥社がある弥山(みせん)の頂上である。花崗岩はさいころ型にひびが入ることが多い。この岩の根元が水流で流されると、こんな大きな岩でも転がり落ちる。真砂土だけなら、こんなひどい破壊にはならなかったろうが、ダンプカーの何十倍の岩が襲ってきては、避けることはできない。

わが故郷 広島では大変なことが!

広島県では大変なことになっている。とんでもない量の雨が降ったらしい。すでに緩んでいた斜面の土砂が崩れ落ち、土石流として家屋に流れ落ちて来た。避難勧告は土砂が崩れた後だったとのこと。勧告を受けても、バケツを何杯もひっくり返したような雨だったので、逃げたくても逃げられない状態だったようだ。

それにつけても、昨年の伊豆大島の土石流など斜面の崩壊での事故は痛々しい。しかしそれでも、「なんでこんな場所に家を建てたのか」と言いたい。この付近は以前にも土石流が発生した場所で、危険地域であることは、誰が見ても明らかだ。でもみんなが家を建てているから大丈夫という、根拠のない安心感があったのだろう。

私は広島県の出身で、今回の事故があった可部町辺りには何回か行ったことがある。30年前ごろには、こんな上まで家は登っていなかった。テレビ画面で見るとほとんどが新築家屋で、古い家は少ない。ヘリコプターからの映像をみると、家々はまさに新しい扇状地の上に乗っかっている。扇状地というのは繰り返し土石流が流れる場所だ。こんなところに家を建ててはいけない。そんなことは市役所の人たちも知っていた。しかし宅地造成や建築業者はどんどん造成していった。これはある意味では人災だよ。

造成した業者、認可した役所、それぞれに責任がある。「扇状地に住んではいけない!」という声を発しなかったということでは、私ら地学の教師にも、少しは責任があることは、私も自覚している。土木、建築の人たちは技術におぼれて、大局を見ていなかったという責任もある。私たちは、原発事故で、技術が進んでも自然をなめてはいけないという教訓を得た。皆で自分の住む地のことを見直さなければいけないと思った。

FCバルセロナのTシャツ・パンツ

毎月第3水曜日は海宝サーキット塾の日。海宝さんの調子がちょっとおかしかった。暑い日だったが原因はそれだけではない。久々に天敵のTAGUCHIさんが参加。いつもは快調なしゃべりだが、TAGUCHIさんが来ると、緊張して調子が出ない。海宝さんにもかなわない人がいると言うのはちょっと楽しい。

TAGUCHIさんは先日スペインのサンチャゴへの巡礼に行ってきた。そのお土産にFCバルセロナのユニフォームを買ってきてくれた。かのメッシ、ネイマール、噛みつきソアレスのいる世界最強のサッカーチームだ。このユニフォームは日本ではお宝。ありがと140820FCバルセロナうございました!

ムクゲの花

孫の夏休みの宿題で、「花の自由研究」の手伝いをする。近所に咲いている花を探すが、今の時期、案外花らしい花は少ない。サルスベリの花はたくさんあるが、一つ一つの花が小さいので観察には不適。ムクゲの花はハイビスカスに似ており、これを観察することにした。内容は宿題で提出するそうなので、秘密。

ハイビスカス(下)とムクゲノ(上2つ)を並べておく。140819mukuge2 140819mukuge1

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久々のサッカー、得点チャンスを逃す!

わがチームは夏休みで、試合を組んでいない。しかしSOI というオーバー60歳の団体は、暑くても寒くても月に8回程度の試合を組んでいる。高校の大先輩の方が中心になっており、私も一員になっているので、毎月案内をもらっている。先日小平のFC東京のグランドに行ったのもこのクラブの試合に出るためだった。残念ながら雨で中止になったが。

本日は我が家に近い十条の高校のグランド。今年人工芝を全面貼り替えたので、年寄りにはたいへんやさしい。本日は連日の熱波はなく、涼しい。もちろん夏だから30度近くはあるだろうが、熱中症になるような気候ではない。9時集合だったが8時半にはもう20人ぐらいが集まっている。3時間も借りているので15分が9回、私は5回出場した。

連日2万歩ぐらいは歩いて足は鍛えているので、オーバー60歳の人に交じったら、多少は有利に動くことができる。しかし技術は連日やっている人には全く敵わないので、2度ほどほとんどフリーでゴール前まで上がったが、最後のシュートがちょろちょろと力がないのでみなキーパーに取られてしまった。もうちょっと技術があれば、3点は確実だったのに。・・・・逃した魚はみな大きい!

試合が終わってから、我が家まで4キロ。当然歩いて家に戻った。弟夫婦が来ていたので、中華料理屋でお昼からビール。ごごはお昼寝。

 

 

お盆、山は大荒れ、北アルプス遭難

岐阜県には大雨の警報が出ていた。大変な量の雨が降ったらしい。きっと遭難者が出るだろうと心配していたら、やはり増水した沢で、数人の人が流されたようだ。年齢を見ると予想通り60歳過ぎの年配の方々だ。

年寄りは山登りなんかするな! と言われそうだ。私自身も最近はひとつ間違えば遭難という経験をしているので、大きなことは言えないが、それでもあえて言えば、「もっとちゃんと情報を得ようよ!無理しちゃいけないよ」と言いたくなる。

先日私は飯士山という小さな山を、お水だけもって登って行った。午後からは雨が降るだろうという予報だったが、今は晴れているし、低山だからまあ大丈夫だろうと思っていた。スキー場のリフトの最終点から歩き始めたころから、遠くで雷の音が聞こえてきた。「これは来るな!」と思ったので、登頂を諦めて、ただちにスキー場を駆け下った。

しかし30分後、街に降りる寸前のところで、バケツをひっくり返したという表現そのもののような雨がバサッと落ちてきた。一瞬にしてパンツの中までびしょぬれ。それでもなんとか雨宿りできるところまで降りていたから大丈夫だったが、もしあのまま登頂をしていれば、頂上付近で雨と雷にやられていただろう。事前に天気予報を聞いていたから、即座に引き返しスことができたが、知らなかったら、「ヒコーキかな?」とのんびり山に上がったに違いない。

私の例で、判断してはいけないが、より高山に登るなら、それなりの準備が必要だ。飯士山でも、雨具は全く役に立たない雨と雷だった。亡くなった方には申し訳ないが、年寄りは運動能力も若者の半分以下だから、十分事前情報を仕入れ、無理はしないことだ。と人に語りかけているが、実は自分自身に言い聞かせている。

終戦記念日 知らない若者

テレビで靖国神社のにぎわいを中継していた。テレビ局の意図は、こんなに大勢の若者が靖国に集まって「英霊」にお参りをしているのだと言いたかったのかもしれない。しかしほとんどの若者は、この神社にどんな神様が祭られているか知らなかった。また本日なんで賑わっているのかも知らなかった。

8月15日が終戦記念日だということを若者は知らない。だいたいどこの国と戦争をしたかも知らないようだ。私の子どものころ、8月15日は登校日で、必ず投稿して校長先生のお話を聞いたものだ。いつのころからか登校日というのはなくなった。8月15日は終戦記念日だが、休日にはなっていない。なんだかよくわからない「山の日」というのが11日にあった。この日は来年から休日になるそうだが、そうなるとますます15日の記念日は忘れられがちになる。

年寄りは、8月15日を忘れてはいけない、若い人に教えなければいけないというが、若い人にはもう受け入れれ素地は何もない。若者の父親母親がもう戦争のことを歴史の中と思っているのだから、我々戦中派が何を言っても聞く耳はないだろう。それでも伝えなければいけないとは思うのだが、年寄りのくりごとと思われるだけだろう。なにかもっと別の方法を考えなければいけないようだ。どうしよう。

 

 

 

 

池袋まで2往復 歩き

孫が植物の細胞を顕微鏡で見るという夏休みの自由研究をするという。我が家の顕微鏡を出してきたが、なにせ古いのでレンズにカビが生えている。うまく見えないかもしれない。さらにカバーグラスが一枚もないので、池袋の東急ハンズに買いに行った。もちろん歩き。500円のグラスを買うのに、電車賃はけっこうする。どうせ暇なおじさんだから、まあいいか。

しかし帰ったらピンセットもないことに気付いた。150円だけど、またまた歩いて池袋に。我が家から池袋まで2往復。歩数計で見ると1万6千歩。 最近は毎日2万歩ぐらい歩いているので、まだ足りない。結構歩いているのだな。

久しぶりに顕微鏡で葉っぱや花の組織を見て、感激した。孫はよく見えないよ!面白くない。という。面白くなるためには準備からしっかりやらないといけない。私は池袋まで2往復したから、面白いのであって、準備された画像を見るだけでは、そんなに感激するはずもない。植物採集から始めた方がよさそうだ。

エイノイエ コタツタコ!

みわ塾に来てくれていたSEKI谷さんとバッタリ会った。よもやま話をしていると、「エイ」見たことある? と突然言う。 「エイ」って海にいるあのエイ?? 「そうよ! 見せてあげる」 と近くの路地に入って行った。なんと路地の脇に大きな水槽が置かれており、その中にエイが泳いでいる。それも大きなエイが数匹、小さなエイが金魚と一緒に数十匹泳いでいる。

なんだかよくわからないけど、この路地の奥の人が飼っているらしい。近くの学校の子どもたちが、放課後見に来ているとか。なんでこんなところにたくさんのエイがいるの?? SEKI谷さんに聞いても、「そんなことわかんないよ!」 とのこと。

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ともかく お子様番組で 「エイのイエ」 とか「コタツタコ」 とか歌っていた、あのエイがいる。結構かわいい顔をしている。携帯電話のカメラで撮ってみた。