大みそか 下弦の月と木星!

2015年最後の日。今年はいろいろ大変な年だった。

私と同年の栃木のKAさん、今年の4月から四国遍路を始め5月、6月と札所を巡った。6月末に29番の高知県国分寺を巡ったとところで、暑くなりしばらく休んで10月から再開するつもりだった。私たちも同じ頃から遍路を初めて6月に27番の神峯寺で終了した。彼の方が少し速いなあ、などと思った。しかし彼はすでに病に侵されており、自分でも最後まではかなわないと覚悟していたそうだ。10月、再開することなく亡くなった。

今年の正月に会った時には元気そうだったが、すでに病のことは知っていた。私とは同年齢。重たい重たい気持ちで四国遍路をしていたのだろう。私たちは軽やかにハイキング気分でいたが、四国遍路で出会う人はそれぞれ重荷を負っているようだ。私たちは9月に再開したが、衰えが激しく36番の青龍寺(しょうりゅうじ)までしか行けなかった。かの朝青龍の母校がある場所だ。そのあと続けるつもりだが、私たちにも様々なことがあり、暖かくなるまで休眠中。しかしKAさんのことを聞いて、かなりのショック。なんとしてでも再開にこぎつけたい。

151231moon 紅白歌合戦はあまり見たくないので、王子のキツネの行列を見るために外出した。昨年はかなり寒かったが、今年はエルニーニョのせいか、それほどでもない。

空には月が出ており、その脇に木星がくっついていた。なかなか見れない光景なので急いで高級カメラを取りに戻って撮影。この形は「下弦の月」です。「エエーッ! 弦は上にあるじゃないか」実はこの月は東の空に昇ったばかり。下弦か上弦は西の空に沈む時に弦が上か下かということ。今12月31日だけど明日1月1日の日の出前には弦が下になっているはずだ。

月の左にゴミみたいに写っているのは木星です。両方がこんなに近くにあるのは珍しいのです。

ブログに表を入れる! 案外難しいのだ!

今年は腰が痛み、心臓が痛み、目の手術など 体調不良が続いた。この年になると1週間身体を動かさないと、筋肉があっという間に衰えてしまう。なんとかそれを防ぎたくて、ムリヤリ身体を動かそうとした。しかし体操や筋トレをするのは苦手なので、結局歩け歩けになった。歩くことが私の身体には一番あっているようだ。

ということで、携帯電話の歩数計を持って歩くことにした。一日1万歩を目標に歩いてみた結果、予想よりも歩数は多かった。これが現在の体調「やや戻し」につながる成果だったと思っている。忘れないようにここにメモしておく。40万歩を越えた月が3カ月もあった。なかなかエライ。

さらにこのブログに表を入れることができたこともエライ。

2015年1月 311321歩
2015年2月 259124歩
2015年3月 474407歩
2015年4月 363295歩
2015年5月 485602歩
2015年6月 324304歩
2015年7月 332624歩
2015年8月  323738歩
 2015年9月  303275歩
2015年10月 284581歩
2015年11月 399597歩
2015年12月 444547歩

スキー場に雪が降った!

151226iwappara1 26日に越後湯沢に来たが、雪がほとんどないので人影はまばら。聞いてみると、湯沢町のスキー場で開いているのはみつまたかぐらだけで、そこへ行く国道は大混雑だそうだ。スキー場の人たちは「正月までに降ってくれないかなあ!」とこぼしていた。151226iwappara2
気温は2時ごろ8℃だったから、冬型の気圧配置になっても雨になるかもしれない、と思っていた。
151226iwappara3
ところが朝起きてみたら、大雪! 車の上には20㎝ほど積もっており、スキー場のゲレンデは真っ白になっている。これならなんとかスキーができそう。いまごろきっと従業員を集めているのだろうな。

私はスキーの支度をしていないので、交通が途絶する前に雪国を脱出して、国境の長いトンネルを抜けた。こちらはまったくの青空。国境の山々でこれだけの気候の差があることを実感した。

池袋 高層スラム街??

151224suramu01  池袋の東口、再開発地域に豊島区役所ができた。これまでかなりぼろっちい区役所だった、新しくしてあげたいなあ!と思っていた。立派な建物ができてよかった!

でも近くに行ってちょっと驚いた。としまエコミューゼとか名づけられているが、遠くから見たら、なんやらブラジルとかトルコで見たスラム街のような感じ。まあこれでいいというなら文句はないけど・・・・・

と思っていたら、この建物の設計者は国立競技場A案の人だそうだ。豊島区役所程度ならまあしょうがないが、これ国立競技場と言われたら、ちょっと何とかしてよ! と言いたくなる。森元首相の言うようにB案のほうがよかったのに。森さんが余計なことを言うから、おかしなほうが選ばれたことになった。

偉い人は余計なことを言ってはいけないことがわかっていないな。今からでも遅くはないから森元総理の言うように直したら。と言っても世の人は森さんに拒否感があるから無理だろうけど。

高尾山駅はきれいになった!

高尾山口駅と緑の京王線・・・隈研吾デザイン

高尾山口駅と緑の京王線・・・隈研吾デザイン

ダイヤモンド富士を高尾山のもみじ台から眺めようと、急に「若い女性」のパーティから誘われたので、いさんでとんで行った。しかし雲いきはあやしく、午前中はまあまあだったが午後になるとぽつぽつと降り始めた。私は6号路という滝のあるコースを上がって行った。途中、SEKI根家の金魚のお墓がある祠に詣でて、大山橋を通りもうすぐで稲荷山コースにたどりつくところで、雨がひどくなったので、下り始めた。

先発隊はもみじ台で場所取りをしてくれていたが、富士山などどこにあるかもわからない状態で、ケーブル駅に向けて下ると携帯電話で連絡してきた。私たちは稲荷山コースを下ることにする。我ら後発組は食料、コンロ、ワインを持っているので、心強い。ケーブル乗り場の近くまで降りて来たら、先発隊はお店に入ってもう宴会らしい。我らは雨が止んだので、お稲荷さんの広場で、Oさんが作ってくれた冬至かぼちゃを肴にワイン! と思ったが、なんとワインオープナーがない。アルゼンチンからのワイン! 残念ながら眺めるだけになった。

再び雨、出来上がったチームと合流して駅へ。10月末に高尾山駅に温泉ができたのでそちらに移動。一緒に入るわけにはいかないので私は一人さびしく!ここでお別れ! なかなか立派な温泉施設。オープンしたばかりなのと雨の休日なので、超満員!

 

 

 

お寺ごはん! お寺のカフェ

151222teracafe 151222teracafe2 不調克服のために1万5千歩の散歩を続けている。1万歩までなら、通常生活で何とかなるが、あと5千歩はかなり意識していなければなかなか達成できない。毎日目標を持つことは大事だが、かえってこれがストレスにもなる。そこでまあ1万5千歩程度に行くといいな!という感じで歩いている。

本日は池袋ちかくの谷端川緑道を山手通りの熊野町交差点から歩いてみた。ほぼ山手通りに沿っているので迷うことはない。池袋付近の地形がよくわかる道でうれしい。しばらく行くと西武池袋線で緑道は途切れる。近くの踏切を渡って確かめながらいくと、椎名町駅に出た。さらに川跡は続いているが、トイレを探して踏切を渡った。

ふだん通っている道だったが、金剛院というお寺の赤い門の脇に何やらしゃれたガラス張りのカフェがある。さっそく入ってメニューを見ると「お寺ご飯」というのがあり、それを注文。トイレにもはいる。すばらしくきれいなトイレで感激。

このカフェは「なゆた」という名前で、お寺の経営なのだそうだ。パンフレットを見ると2014年にオープンし、日経新聞などで紹介されたために今や椎名町の名所になっているそうだ。和尚さんのアイディアなかなかだ。私もひいきにしよう。火曜日定休日です。テラス席はお犬様も一緒に入れるようだ。

ちょっとそこまで行商中!

裏表紙と続きで、家から走りだしているのです。

裏表紙と続きで、家から走りだしているのです。

「ちょっとそこまで走り旅」が出版されてそろそろ1カ月になるけど、アマゾンに申し込んだ本はまだ来ない。どうなっているのか?? 楽天で買ったよ! とか 本は地元の本屋で買う!という人、直接出版社に申し込んだという人など連絡が入る。時々、紙のムダだよ! とか 買わなくていいよ! とかの声も聞こえるが、私も表紙制作の長野さん丸山さんも、タイトルをつけてくれた田口さんも、みなさん自分のことのように協力してくれている。ありがたいことだ。

私も先日は群馬まで小林さん、鎌田さんに売りつけに行った。昨日は二子玉川まで8冊も担いで押し売りをしてきた。さらにあちこちに宣伝用にむりやり送りつけたりしている。まさに越中富山の薬売りみたいな気持。最初に50冊ほど仕入れ。それを売り歩いているが、売れた分だけまた買いに行っているので、ほぼ100冊は買い取った勘定になる。さらに今は池袋のジュンク堂にほぼ毎日買いに行っている。これでジュンク堂は少し見直して大量に仕入れてくれるのではないかという魂胆だ。

本を作るというのは簡単だが、本を売るというのはいかに大変か、身をもって感じている。私は商売をしたことがないので、分らなかったが、商売人のみなさんはいろいろ大変な思いをしているのだなあと感じる今日この頃。さあ今日もジュンク堂に行って買わなきゃ。・・・・でもこれって自分で自分の足を喰っているタコと変わりがないんじゃない??? どうにも計算ができないんだけど!!

上の大きな画像をクリックすると、創文企画につながります。そこから買ってもらえば、皆さんには一番いいのですが。・・・・

地下に四国霊場があった!

1512219tamagawadaisi 今年最後のぶらリバー探索! 二子玉川駅から丸子川をさかのぼった。田園都市線の線を脇、昔の玉電跡をのぼって線路を越えた。富士山がすばらしく見えた。246号線をくぐって、玉川大師を経て、治太夫橋を渡って、静嘉堂文庫には入らず、岡本民家園を見て、八幡様に詣でて、聖ドミニコ学園に下り、東名高速道路を越えて砧公園に入る。そこを悠々と流れている丸子川を行き来して、清掃工場わきからは暗渠になった川跡を探しながら、祖師谷大蔵までいった。

川の脇を通れるかどうか、本日は斥候役のUI君がいたのでス-ムーズに歩くことができた。ありがとう。以下のアドレスをクリックすると、本日歩いたコースが表示されます。UI君の作です。私もこういう地図を作りたいのですが、どんな器具を使うのか??

https://drive.google.com/file/d/0B-yGAWo942ahdjl2LWE2OUtUUW8/view?usp=drivesdk

  ところで本日のハイライトは国宝が展示されている静嘉堂文庫美術館ではなく、何やらあやしい玉川大師の地下霊場。大師様の名のとおり弘法大師をまつるお寺だ。ここには大師堂だけでなく、四国八十八か所の霊場がつくられている。それもお堂の地下に。
 その話は常連のOGATAさんがもたらしてくれたもので、ぜひお参りをしたいと思っていた。暗い所や狭いところは大嫌いという数人を除いてこわいもの見たさで100円を払って、本堂内から地下へ。神聖なところですから写真を撮ったり騒いだりしないようにという注意があった。地下へ下る道にはライトはなく、真っ暗。両側の壁を触りながら、足をそっと出すしかない。「お遍路の不安な気持ちを感じてもらうためにあえて真っ暗にしている」そうだ。
 暗闇は思ったよりもはるかに長く、深い。最奥には明かりがともり88体どころではない数多くの仏さまが並んでいる。真っ暗な中で突然数多くの仏さまに出会うとなにやらありがたい気持ちになる。なかなかよく考えられた演出だ。また再び暗闇をとおって、明るい本堂に出た時にはさらにありがたい気持ちになった。

蚊喰踏切! 房総ワンダーハイキング 

151215kakui02 朝日カルチャーセンター千葉の「ワンダーハイキング」講座に行ってきました。自然を中心に「ワンダー」(ふしぎとか驚異)を見つけるハイキングです。コースは外房線の長田駅から九十九里崖線を歩き、さらに東金崖線を登って昭和の森公園に上がって九十九里浜を眺めようというものです。さらに今回は芸術に詳しいHANASAKIさんがおられるので、ホキ美術館にもいこうという計画で出発ししました。ホキ美術館は休館日! 残念!

151215kakui01 ハイキングコースについては11月の下見の時に書いたので、今回は別のワンダー!発見。それについて書いておきます。

永田駅付近時々しか列車は来ないので踏切待ちをすることはないが、本日はちょうど引っかかった。待っている間に踏切脇を眺めると「蚊喰踏切」とある。「何て読むのかな?」とつぶやくと脇にいたおじさんが「かぐい」だよと教えてくれた。「蚊が多かったのかな?」「この辺りは広い湿地で、蚊はいっぱいいた。よく食われたもんだ!」という。「なるほどそうだったんだ!」

しかしそれなら「蚊が喰う」のではなく、「蚊に喰われる」という意味にしないとおかしい。帰ってからいろいろ調べてみると、蚊喰鳥かじつはコウモリのことで、俳句の夏の季語になっているのだとか。コウモリが蚊をこのんで食べることは昔から知られている。蚊を食べる=かわほり と言い、「かわほり」がコウモリに変化したのだと書いてある。

さすが昔の鉄道マンは教養が深かった。奇をてらって「蚊喰踏切」としたわけではない。「変な名前」などと思ったのは私の教養のなさの表れ!

我宿に 一夜たのむぞ 蚊喰鳥     一茶

かわほりの かくれ住けり 破れ傘     蕪村

正一位 山中稲荷大明神 の由来は?

151212yamanaka 東上線の中板橋駅の踏切の脇に写真のようなお稲荷さんがある。「正一位 山中稲荷大明神 」とある。正一位というのは聖徳太子が作った冠位十二階が起源で、人物や神様の位を正一位から従一位、正二位とか順序をつけた。平安時代には藤原家というだけで、高い位についたが、その後は正一位というのはなかなかなれなかったし、正一位は亡くなった後に贈られる称号になったそうだ。豊臣秀吉は正一位だが織田信長は正二位だったので、大正時代になって初めて正一位になったというエピソードがある。現在では生きている人が正一位になることはない。

 一方神様は時代が下がると段々出世するので最後にはみな正一位になる。普通の神社ではわざわざ正一位というのは野暮なので、しないそうだが、伏見稲荷だけは正一位伏見稲荷大社だそうだ。さらに分祀された稲荷神社もみな正一位と名乗ることにしている。それで、我が家の近くの山中稲荷も正一位ということだ。
 
 それで話は終わりではなく、「山中」の意味である。大ではないがかなり都会的な我が板橋区で、なんで山中なの?
 注意してみていると我が家の近くには「山中交番」「山中トンネル」(線路の下のガード)など「山中」がいくつもある。実はこれらは東上線の大山駅と中板橋駅のあいだにある。それで「山中」なのだそうだ。なんだそんな単純なこと・・・・でも地名の起源はけっこうそんなものがあるんだ。
 ちなみに我が大山は大山街道沿いにある集落。板橋は板の橋があった(いまでもある)宿場から来たものだ。

フライング東上号 東上線90周年

フライング東上号

フライング東上号

我が家は東上線沿線の大山駅近くにある。東京と横浜を結ぶのが東横線、東京と八王子は京王線、東京と成田は京成線。

これらと同じような東上線であるが「上」はどこだかあまりピンとこない。実は上州=群馬県だが、東上線は上州までは行っていない。その予定だったが、埼玉県の寄居町までで終点になっている。東上線は本当は東京と埼玉を結ぶ東埼線だ!

①940-60 ごろのフライング東上

①940-60 ごろのフライング東上

まあそんなことはどうでもいいが、いま東上線全線開通90周年記念の青い列車「フライング東上号」が走っている。なかなか格好良くて、沿線では鉄道ファンがカメラを構えている。もともと「フライング東上号」の名前があり、秩父長瀞への行楽列車として人気があったという。ちなみにこの名前は英国の特急列車「フライング・スコットマン」にあやかったものという。

この列車人気で、東上線=イモ電車 のイメージが少しは変わるかもしれない。でも我が家の近くの開かずの踏切はどうなるの?「フライング東上号」もいいけど、高架化とか地下化など検討をしてもらいたいものだ。ホームのドアは一駅もないし、カーブした場所に駅があるのでホームの隙間は大人一人すっぽり入る幅もある。安全対策が一番遅れているのが東上線じゃないかな。がんばれ東上線!

甲州柿 本と物々交換

151211kaki 山梨の一宮町のNさんから立派な甲州柿が送られてきた。今年は全般に不調でNさんのモモ畑のお手伝いはほんの数回しか行けなかった。それなのにモモを送ってもらい、またまた干し柿も送ってもらった。申し訳ない。御礼にこんど上梓(じょうし)した本を送った。物々交換にはちょっと足りないが、それで勘弁してもらおうか。

 物々交換と言ったが、「本」では糊口をしのぐことはできない(ヤギならできる?)が柿やモモなど食べ物は生きるために最も必要なものだ。食物や道具を作る仕事は、「働いている!」という感じがひしひし伝わる。しかし口先三寸のテレビや本、さらに金融商品だとか株式とかは、お金は儲かるかもしれないが、どうも虚業という感じがする。そんなもんなくたって生きていけるのに。

 勘弁してもらおうかと言ったが、とても等価交換ではない気がする。やはり来年御礼働きをしっかりせねばならないなあ。モノの価値を決めるのは何か・・・昔経済学の授業で習ったような気がするが、よく解らん! 

かなりの大雨 のち晴れ COP21!

いま11日の午前10時。外は大雨で神奈川県では大雨警報が出ているとか。昨日からの雨は冬には珍しく、かなりの量降った。昔なら大雪になったかもしれないが、温暖化の影響で年末に東京で雪が降ることはなくなったようだ。とぐだぐだしていると11時。外は完全に晴れあがって、眩しいばかり。引っ張り出してきた長靴は、ゴミ捨てに行く50mの使用のみで、外に出して干しておく。

フランスのパリは先日のテロ事件の後なので戒厳状態だそうだが、そこでCOP21の会議が行われている。安倍、プーチン、オバマさんなど首脳は早々と帰ってしまい、閣僚級の人々が会議を続けている。ちょっと人数が多すぎて、なかなか意見がまとまらない。日本は昔COP3で、「京都議定書」を作って、世界に先駆けたが、アメリカのブッシュ大統領に拒否され、2012年に役目を終えた。今回はその後の議定書造りだが、もう日本は先頭にたつ気はない。今回は丸川さんという女性閣僚が参加しているが、もっともお金を出しているが、存在感はほとんどない。というよりもやる気はない。 続きを読む

さざえ堂でお昼! 都電でメガネ屋へ

151210sazae02 目を手術してからおとなしくしている。取り換えた人工の水晶体がずれたりすると大変なので、負荷をかけるような動きを2週間ほどしていない。目の調子は良くなっているのだが、体中の筋肉がへろへろになってきたような気がする。ジャンプなどはもってのほか、みかん箱を持ちあげることもしなかった。昨日椅子を二階に持ち上げたのだが、その後遺症?で肩と腰の筋肉が痛い。そう言えば朝起きるときにも一気に起きられず、いったんうつ伏せになってから、よいこらしょ! という感じだ。

 こりゃまずい! まず散歩からリハビリをやろうと一念発起して、我が家から西巣鴨まで3キロほど歩いて「さざえ堂」にお参りして、健康祈願。さざえ堂は大正大学の校内にあるお堂で、らせん状に階段がついており、すれ違わなくても、上階に安置された観音様にお参りして降りてこられるようになっている。会津の白虎隊が自害した飯盛山にもあった。

151210toden02 横の大学の建物の最上階にはプリンスホテルが経営するレストランがある。ステーキランチが1100円。学生は入れないみたいで、おばちゃんたちが大勢で会食中だった。筋肉回復にはステーキと散歩と言い聞かせて、おばちゃんたちの仲間に入る。そのあとはおばちゃんたちの原宿である巣鴨庚申塚から都電に乗って雑司ヶ谷に。

 雑司ヶ谷から池袋に向かって少し行ったところにメガネ博物館がある。まだ目の見え方が安定していないので、新しい眼鏡をつくることはできないので、とりあえず練習用に2つ3つならして見ることにする。なにせここのメガネは安価で、遠近両用595円と老眼用を280円、ちょっと高級な鼻眼鏡(下半分だけ)990円を買う。どれがいいかしばらく試してみることにする。それにしても安い。一番安い老眼鏡は85円で、100円ショップより安い。どうなっているのかな??

富士塚を見つけたぞ!

151210fuji01東京都内の富士塚を全部歩いたと自負していたが、やはり見落としはいくつかあった。それも地元に! 板橋にあるフランス料理の瑞玉レストランのすぐそばの民家の隅に。ちょうど谷端川の谷に下る斜面の上にあり、昔は富士山が望めたかもしれない。

151210fuji02しかしブロック塀に囲われ、樹木におおわれているため、通り過ぎるだけでは判断はできない。本日は塀越しに富士の溶岩を確認し、富士講の碑を見つけた。ただし碑文ははっきりしないので、もしかすると榛名講とか羽黒山などかもしれない。個人宅なのでちょっと訪ねにくかったので、板橋区の資料を探してみよう。もし富士塚なら訪問して確かめてみたいものだが。