正一位 山中稲荷大明神 の由来は?

151212yamanaka 東上線の中板橋駅の踏切の脇に写真のようなお稲荷さんがある。「正一位 山中稲荷大明神 」とある。正一位というのは聖徳太子が作った冠位十二階が起源で、人物や神様の位を正一位から従一位、正二位とか順序をつけた。平安時代には藤原家というだけで、高い位についたが、その後は正一位というのはなかなかなれなかったし、正一位は亡くなった後に贈られる称号になったそうだ。豊臣秀吉は正一位だが織田信長は正二位だったので、大正時代になって初めて正一位になったというエピソードがある。現在では生きている人が正一位になることはない。

 一方神様は時代が下がると段々出世するので最後にはみな正一位になる。普通の神社ではわざわざ正一位というのは野暮なので、しないそうだが、伏見稲荷だけは正一位伏見稲荷大社だそうだ。さらに分祀された稲荷神社もみな正一位と名乗ることにしている。それで、我が家の近くの山中稲荷も正一位ということだ。
 
 それで話は終わりではなく、「山中」の意味である。大ではないがかなり都会的な我が板橋区で、なんで山中なの?
 注意してみていると我が家の近くには「山中交番」「山中トンネル」(線路の下のガード)など「山中」がいくつもある。実はこれらは東上線の大山駅と中板橋駅のあいだにある。それで「山中」なのだそうだ。なんだそんな単純なこと・・・・でも地名の起源はけっこうそんなものがあるんだ。
 ちなみに我が大山は大山街道沿いにある集落。板橋は板の橋があった(いまでもある)宿場から来たものだ。

フライング東上号 東上線90周年

フライング東上号

フライング東上号

我が家は東上線沿線の大山駅近くにある。東京と横浜を結ぶのが東横線、東京と八王子は京王線、東京と成田は京成線。

これらと同じような東上線であるが「上」はどこだかあまりピンとこない。実は上州=群馬県だが、東上線は上州までは行っていない。その予定だったが、埼玉県の寄居町までで終点になっている。東上線は本当は東京と埼玉を結ぶ東埼線だ!

①940-60 ごろのフライング東上

①940-60 ごろのフライング東上

まあそんなことはどうでもいいが、いま東上線全線開通90周年記念の青い列車「フライング東上号」が走っている。なかなか格好良くて、沿線では鉄道ファンがカメラを構えている。もともと「フライング東上号」の名前があり、秩父長瀞への行楽列車として人気があったという。ちなみにこの名前は英国の特急列車「フライング・スコットマン」にあやかったものという。

この列車人気で、東上線=イモ電車 のイメージが少しは変わるかもしれない。でも我が家の近くの開かずの踏切はどうなるの?「フライング東上号」もいいけど、高架化とか地下化など検討をしてもらいたいものだ。ホームのドアは一駅もないし、カーブした場所に駅があるのでホームの隙間は大人一人すっぽり入る幅もある。安全対策が一番遅れているのが東上線じゃないかな。がんばれ東上線!