戸隠スキー場、午前中は晴れ!

 3月15日、前日とはうって変わって晴天になった。夜中に起きてみると真上北斗七星が見える。冬の天の川も見えるほどの澄んだ空だった。半日券を買って珍しくスキー場で若者と滑った。合計で15本ほど滑ったが、ゲレンデのスキーではまだ若者には負けない!何せ私は国体・インターハイスキーの東京監督なのだぞ!(都立戸山高校の時に部員(高橋仁)がインターハイ国体の選手だった、顧問は東京監督として引率した。実は仁君に連れて行ってもらったのが実状)

本日の若者は山岳部OBOGだが、まだ初心者が多く、後期高齢者の私でも太刀打ちできた。それしても久しぶりにノンストップ10本以上戸隠スキー場のコースは長いので結構きつい。時々写真を撮るようなふりをして休憩をとった。でもいい写真が撮れた。本日のブログは写真日記です。スキー板は30数年前のもの、靴はパカッと割れた。でも滑った!

戸隠神社、鏡池、隋神門

外遊びはコロナにかからないためには重要だ??

戸隠神社の狛犬は、我がFBに何度も登場させた。戸隠神社の中心である中社には石段下に一対、石段上(冬の間は上れないので迂回する)には二対の狛犬がいる。石段上の二対については急な崖上なのでいい写真が撮れない。それはまあどうでもいいが、全部で三対と思っていたら今日すぐ脇にある摂社諏訪神社にも一対あることに気がついた。友人の御岳山紅葉屋から「三輪さん、戸隠にいるなら極意さんに寄ってよ、知り合いだから」という電話をもらった。朝早かったがそば屋の「極意」を訪ねた。その真裏にあったのが諏訪神社だ。天照系の戸隠神社に出雲系の諏訪神社があるということはなかなかの発見である。狛犬発見よりも神社の混合の発見の方が、いとおかし!

今回は越水が原にある我がクラブの山荘で若手OBOGとの交流会への参加である。高齢のために家族から車をとりあげられたので、私は新幹線とバスで戸隠中社までくる。そこから3キロほどはいつも歩いている。この時期雪が深く難儀するが、今年は雪が少なく水路があちこちにできているので、さらに難儀した。せっかくすぐそばまで来ているのに、かなりの迂回をする。二時間ちかく森の中をウロウロした。通いなれた道なのに一人で雪の中を放浪するのは心細かった。次は車道を歩いて行こう。

午後から若者たちと歩くスキーを使って鏡池に行く。鏡池は例年全面結氷して上を歩くことができる。しかし今年は池畔の氷が解けて水面が出ているので、いつ真ん中の氷が割れるか心配で歩くことはできない。
天命稲荷神社の赤い鳥居はいつも上の笠木だけが出ているが、今年は潜り抜けることができた。ここからは夏道のボードウォークの上を歩くしかなかった。普段は好き勝手に行くことができるが、今回は水路が出ているので木道の上を歩く。

隋神門にでて杉並木を歩いて戻る。ここは人の通過が多いので氷になっており、ツルツルで歩くスキーではツルツル滑って転んでしまった。敷石の上に薄く氷があるだけなので痛い痛い! そのあと越水が原へ登り返す。朝方ズボズボ雪に潜って難儀した道はスキーでは快適に進んだ。本日は全部で12キロほど歩いたが、スキーで滑るのは歩数にならないらしく、歩数計は1万2千歩ほどだった。外遊びはコロナにかからないためには重要だ??

 

恒例になった高齢者のスキー、ことしも連休は鳥海山に来ています。最高齢のKawazoe さんは80歳、傘寿のお祝いを2200mの頂上で行おうということでやってきました。

しかし初日は雨で登山はできなかった。翌日は高気圧の縁だったので風が強くて、さらに気温は登山口でマイナス2℃、体感温度はマイナス10℃ぐらいだった。標高が上がるに連れて斜面は氷になり、シールの上にアイゼンを付けての登りになった。

強風の時には 身体を屈めて身構えないと飛ばされてしまう。そんなことを繰り返しているうちに疲労困ぱいしてしまった。9号目ふきんでついにリタイヤ。それから下りにかかるが、強風の中でシールを外してスキーを履くのは大変な作業。

私はスキーで下るが2人はスキーをザックにつけて、スキー口にアイゼンを付けて下る。すきーはアッというまに避難小屋まで下るが歩きは時間がかかる。八号目の小屋に集合して、あとは皆スキーに履き替えて下る。

天気は良かったが、登れなかったことにはちょっと悔しかったが、まあ年を考えればしょうがない。ムリして行って怪我でもしたら大非難を浴びる。若い頃なら少々危険でも突っ込んだが、今はしない。私も大人になったものだ。

 

 

戸隠神社と高千穂の岩戸神社

岡村さんの植村直己冒険賞の受賞発表をみて、すぐに東京駅から新幹線で長野に、バスに乗って戸隠中社に来ました。そこで狛犬の写真を撮って、雪の中を奥社まで行きました。暗い中、雪道を歩くのは結構大変。やっと戸隠の都立大学山荘につきました。仲間3人はすでについていました。明日からは雪山歩きです。今年は雪は少なく、ブッシュがでています。 近年戸隠神社は強力なパワースポットとして人気があるようで、真冬のこの時期でも奥社まで詣でる人はかなり多い。神社入り口には「隋神門よりも先は冬期閉鎖、雪崩の危険もあり」と書かれている。今日は完全装備の高齢者グループが多かったが、例年運動靴姿の人たちとあう。昨年は「パワーがあるからだ大丈夫!」と言う若者が何人もいた。雪まみれで嬉しそうに帰ってきたのを見ると、本当にパワーがあるのか?と思った。 九州高千穂に天岩戸神社がある。スサノオ神と喧嘩したアマテラス大神は怒って岩戸の中に籠ってしまった。太陽神アマテラスが隠れたので世の中は真っ暗になった。オモイカネ神は一計を案じた。岩戸の前でアメノウズメにセクシーな踊りをさせた。それを見た神々はやんややんやと騒いだ。

  アマテラス大神は「私がいないのに何がうれしいの?」と思い、岩戸を少し開けた。岩戸の前に侍っていた強力のタジカラオ神が扉を大きく開けたらアマテラス大神が現れ、世の中は再び明るくなった。

タジカラオ神は二度と岩戸が閉まらないように、大力で岩戸を放り投げた。その岩戸ははるか信州の山に飛んで行った。その山は戸隠山と言われるようになった。

戸隠中社には企画者のオモイカネ神、奥社には岩戸を放り投げたタジカラオ神、下の火之御子社には踊りを踊ったウズメ神が祀られている。私は火之御子=日の巫女=ヒミコではないかと思っている。それはさておき戸隠神社と高千穂は離れているが深いつながりがあるのだ。

写真は1.戸隠中社の本殿前  2.奥社狛犬 3.奥社参道杉並木 4.随神門 5.火之御子社社殿 6.奥社鳥居と本殿(今年は雪が少ない)7.奥社の鏡池と野仏(姫遍路 )

八甲田山 その7

26日朝7時ちょうどに銅像茶屋(700m)から登り始める。後藤伍長の巨大銅像はこの上の台地にある。冬期は見学に行く人もいないので、茶屋は埋もれている。

昨日午後ちょっとしたアクシデントがあったので、本日の登行は未知のコースをとるのはやめて、銅像コースを登って前岳(1251m)まで行くことにする。「ロープウェーで上がればいいのに!」という願いはリーダの一言で霧散した。本日は土曜日、八甲田スキー場にはロープウェーが一基しかない。土日は大混雑する。総隊長は「6時に登り始めれば9時始発のロープウェーの一番客よりも早く前岳につくことができる!」という。

しかし登り始めは7時になってしまった。500mの高度差だから夏なら9時前につくはず。しかし重たいスキーと重装備の背中のザック、さらに頂上直下の急斜面のため9時半にやっと高度差50mのところに到達。反対側の斜面からはロープウェーの人たちが上がってくる。   人が見えたので「追い越される前にくだるぞ!」との声。人のシュプールをたどるのが嫌な隊長は、「一番じゃなけりゃ」嫌なのだ。まあそれでなきゃノーベル賞候補にはなれないよな。ともかくわがままジイさんにせかされて、まだ誰も滑っていないコースを下る。わずか5キロほどのコースだが、どこで沢を超えるかなど自分で判断しなければならない。    雪山の魅力は自分で、美しいと思うコースを切り開くことができることだ。いわゆるオリジナルってやつだ。新雪がない時期の山は、どこを歩いても道がつけられている。しかし雪がどっさり降ると道はまったく見えなくなる。我ら年寄りでも、しばし一瞬だが、初登頂、初滑降の感激を味わうことができる。    銅像茶屋の前まで降りてきて、今回の山行は終了。茶屋の脇から後藤伍長に対面。下部は雪に埋もれているのにかなり大きい。7mもあるのだそうだ。後藤伍長は立ったまま仮死状態だったが助けられた。しかし両手両足は凍傷で切断された。地元に帰って村会議員になったそうだ。

八甲田山 その5

これは私の滑り。なかなかのものでしょう。

25日少し天気は回復しロープウェーも動くそうだ。9時始発だが8時には列ができている。1時間入り口で待つ。チケット売り場の係員などはバスでやってくるが、9時になってもやってこない。積雪など条件によってバスが遅れるそうだ。やっと2便に乗って頂上駅(田茂萢岳1324mのちょっと下)。 頂上駅は森林限界を超えているので吹きっさらし。零下12℃と書いてあったが体感温度は10℃くらい低い。Kさんは知り尽くした場所だが、我々新人のために通常のフォレストコースを行くことになった。コースの名前はあるが普通のスキー場と違って圧雪してはいないし、コースロープがあるわけではない。初めての人には晴れていても迷子になる可能性がある。本日は中村農園のガイドさんにお願いしてあるので安心。 頂上駅からは少しトラバースする。ほんの10分ほど青空が見えて陸奥湾方向が見える。そちらに向かって滑降。ガイドのマッツは深雪をものともせずすっ飛ばす。私も気分だけはその感じ。マッツが撮ってくれた写真をみると私もまんざらでもないな!
森林帯に入ると風はやみ温かく感じる。アオモリトドマツの樹氷林を抜けていく。樹氷の根元は空洞になっているので、落ちたら大変なことになる。深雪なのでけがをすることはないが、穴から脱出するのは一人では絶対無理だ。半身が落ちただけでも抜け出すのに数十分かかった。アオモリトドマツのモンスター樹氷には近づかないように。  樹氷林を過ぎるとブナの大木の間になる。ちょうどいい間隔に並んでいるので、回転競技のような感じでブナ周りをする。気持ちがいいがスピードが出るとコントロールが効かなくなって激突する。ブナは大木なので確実に負ける。  さらに下がるとブッシュも出てきて枝がバチバチあたる。ヘルメットが役に立つ。そのあまま周回道路にでて上り返してロープウエーの山麓駅に戻る。30分ほど並んでもう一回乗る。頂上駅レストランで昼食。昼食後はフォレストコースを下ることにした。

八甲田山 その4

スキーがすんだらそれ温泉!
八甲田山の周りにはヒバ千人風呂で有名な酸ヶ湯温泉をはじめとして多くの温泉地がある。

酸ヶ湯温泉 千人風呂がある。27日撮影

しかし酸ヶ湯温泉以外はほとんどが冬期は休業。しかしKさんの定宿である「みちのく深沢温泉」は唯一冬期休業。地元の人は時々来るが、観光客はよほどマニアックでなければここには来ない。青森連隊の遭難碑がある銅像茶屋 (冬期休業)よりもさらに数キロ奥にあるので冬期は絶海の孤島になる。 先代のおじいさんが偶然開拓した温泉だから歴史はないが、泉質はすばらしい。噴出孔でも45℃程度ていどなので、加温も加水も必要ないかけ流し温泉だ。湯量も半端でない。ご主人は毎日午後8時に湯を落とし掃除をする。そのために温泉特有のぬるぬるがまったくない。私は温泉ぬるぬるが苦手なので、ありがたい。朝は3時に湯をため始める。6時にはひろい湯舟が満タンになるので顔を洗う代わりにざぶん! 私たちは1日に朝昼晩3回は入っている。 誰かのブログで、「湯はいいのだが休むところがない! お母さんの話が分からない!」などと書いていた。この人はまったくわかっていないなあ。お母さんの居間だかお店だかわからないがドラム缶を半分に切った大きなストーブの周りがお休みどころ。ここに何となく座って、自分でコーヒー入れたり、お茶を飲んだりすればいい。暇な時にはお父さんやお母さんが津軽弁だか青森弁だか、よくわからないが、話し相手になってくれる。なんとなくにこにこしていれば場はなごみ、温かさが伝わる。言葉はただのおまけだ。そんな雰囲気が好きな人にはたまらない魅力だろう。都会風のしゃれた雰囲気でなければ嫌だという人は酸ヶ湯温泉に行けばいい。宿の部屋はこの極寒の中でも暖房なしで温かい。床下に温泉水が流れている。オンドルと同じだ。

最後の日、寒い中ずっと見送ってくれていた。ありがとうございました。

八甲田山 その3

八甲田山 その3
24日、昨日の好天とはうって変わって大荒れの模様。ロープウェーは朝から休業、リフトは午前中だけ動かすとのこと。みんなでリフトを使って登り、シールを付けて歩く。上にロープウェーのロープが見えるはずだが、雪もひどくなってきたのでいつ通過したかわからない。 Y字の谷の上でシールを外す。吹雪いている中、手袋をはめたままでシールを付けたり外したりするのは難しい。やっと外してガイドの後について滑りだす。すばらしいパウダースノーで、スキーの先端も見えないがきれいに回ってくれる。これはうれしい。 本日は森林限界を超えたら吹き飛ばされそうなので森林の中だけを行く。雪崩の心配はないので勝手に滑ることができるがブナの大木にぶつかりそうでちょっと恐ろしく、腰が引けてくる。 今回はヤマップというソフトを入れてきた。2万5千分の1の地形図上に歩いたルートを描いてくれる。事前にWIFIの通じるところで無料地図をインストールしておかなければならない。深沢温泉ではドコモの携帯だけしか通じない。auやソフトバンクのスマホはまったく通じない。八甲田山に来る人はドコモに変えておかねばならないだろう。 リフト乗り場でソフトバンクの携帯が通じた。急いでヤマップのスイッチを入れる。本日のコースを示しておきます。
歩きは5キロ弱。3時間ほど深雪を楽しみました。スキーをつけて深雪を歩くのは結構きつい。でもまあうれしい!

八甲田山 その2

 今回のメンバーは山岳部のOB連、現役から言わせたら超々OBで最年長は79歳、私はその次で74歳。リーダーは64歳の最若手。もとは一部上場企業の会長さんだったが、マウンテンスキーをやるために早期で引退した。最年長のKさんは70歳からスキーを始めた。その年には弘前にアパートを借りて3か月間八甲田山に通ってスキー三昧。次の年から通うのは大変なので八甲田山中の深沢温泉を定宿にしてコーチについて深雪を滑りまくった。
 その後も毎年60日近く深沢温泉で過ごしている。何事も徹底しなければすまない単細胞(本人曰く)人生だ。Kさんは若い時には岩登りを徹底した。1962年冬、谷川岳衝立岩のダイレクトカンテの初登攀をした。そのあたりのことは遠藤甲太さんの「ダイレクトカンテの謎〈埋もれた記録〉」にある。私は「なぜ自分の名前を付けなかったのか?」という質問をしたら、「あのルートはあまり美しくなかった!」からだときいた。
山を離れたKさんは学問の道に進む。当時最先端の量子力学を使って化学を考えるという、私には理解できない世界。東工大の教授になり研究の第一線を突っ走った。多くの研究論文を出し後進を育てた。いまノーベル賞に最も近いと評価されている人だ。
 私は一応スキーは上手なつもりだった。数年前に鳥海山に誘われた時には、皆さんのお手並み拝見と思った。しかし一緒させてもらって驚いた。70歳から始めてこんなに強いスキーができるものかと。以後私は弟子入りをさせてもらっている。しかし私は胃や大腸、心臓の不調などで入退院を繰り返していたので、八甲田山に行く機会はなかった。今年を逃したらもう無理かもしれない。なり無謀を承知でKさんにくっついていった結果はすばらしい雪山を満喫した。これまで長いことゲレンデスキーをやってきたが、あれはいったい何だったのか? 八甲田山の雪はこれまで私が知っていたゲレンデの雪とはまったく違っていた。リングの小さいゲレンデ用のポールは根元まで潜る。膝から下は潜っているので幅10センチあるスキーでも見ることはできない。これまでとは全く違う世界だった。私の技術など全く通用しない。私はうれしくなった。なんとか深雪でも滑れるようになるぞ!。 八甲田山にはロープウェーが1本、リフトが1機しかない。ゲレンデはリフト下以外まったく均していない。どこを滑ってもいいが、よほど熟達しなければ、自分のルートを作ることはできない。この季節毎日視界はほとんど100m程度。いくら地理に強いといっても、方向はまったくわからなくなる。この時期、年寄りはガイドなしではまったく動くことはできない。2日間Kさんが最も信頼する中村農園チームにガイドを依頼した。

竹寺から子の権現、浅見茶屋へ

今年になって西武線二回目。本日は池袋8時半の特急で飯能まで行き、9時35分発の名郷行きのバスで小殿まで行った。日経新聞やテレビで有名になった浅見茶屋で新名物のうどんを食べようと思ったからだ。吾野駅から5キロほどあるが舗装路があるので車でも入れる。しかし私はなるべく苦労をした方が感激も深いし、おいしいだろうと考えているので、7キロほど山を越え行くことにした。 飯能では若者で満席だったが、飯能第二小学校のバス停でほぼ全員が下りた。何かの施設があるようだ。(帰ってから地図を見ると自由の森学園があった)小殿バス停で降りたのは私一人。竹寺と子の権現へ初詣する人がいるだろうと思ったが、一人もいないなんてちょっと驚いた。小殿バス停からすぐに急登になる。風が強いので杉の木がこすれあって不気味な音がする。誰もいないので気持ちが悪い。

昨日の鎌倉天園コースとは大違い。でもコースタイムと同じ1時間で竹寺に。神仏混交の寺で、なかなかいい狛犬がいる。牛頭天皇を祀る社もある。藁ぶきのなかなかいい寺だが、誰もいない。子の権現への道で人がいない原因が分かった。山道が崩れて通行止めになっているのだ。早く言ってくれよ! でも私のこれまでの経験では、責任回避のために立札を立てているだけで、ちょっと迂回すれば歩けるはずだと、突き進んだ。予想通りで大した崩れではない。人が通った跡もあった。

豆口峠には二重の通行止めの標識があった。もう通ってきた後だ。しばらくすると何かわけのわからない白いおおきな掌がおいてある。気持ち悪い。子の権現は金の大草鞋のある寺だ。足腰の守護をしてくれるありがたい天台宗のお寺だ。私もこれまでに何回もお参りをしてきた。今はトレイルランのコースになっており、大勢のランナーが通り抜けていく。

子の権現から浅見茶屋まで25分と書いてあったが、下り得意の私は20分で到着。昔と同じ外観だが何やら活気がありそうな感じ。中に入ると平日というのに大勢のお客がいる。私も皆さんと同じ肉汁釜揚げうどんを注文する850円と高くはない。となりに座ったおじさんは正月5日に来たが満員で3時間待ちだったので出直ししてきたとのこと。今日は待ち時間なしでよかったとのこと。

満足して吾野駅まで下った。5キロの距離だったが満腹の身では結構長かった。帰りは特別快速で4時には家に着いた。5時半に孫のお迎えに行くように言われて、休む間もなく学童クラブへ。本日の歩いた歩数は3万歩をだいぶ超えた。

今年も上高地から徳澤園へ

7月末に徳澤園に行くことにしていたが、台風の襲来で1か月延期した。やはりこの時期は天候が不安定で、結果としては雨に降られて、予定の山登りはできなかった。でもまあいい。いつまで孫たちについていけるか、と思っていたが、奥さんはもうそろそろ限界に近い。ふだんは仕舞のけいこで体を動かしてはいるので、ゆっくり歩けばまだまだ大丈夫なのだが、孫たちは速い。もう待ちくたびれた!と言われるので急ぐとまたまた疲れる。初日は新幹線で長野へいき、そこからバスで上高地へ直接入る。私は上高地へ行くのは松本からとしか考えていなかった。しかし松本からは松本電鉄で新島々へ行き、そこでシャトルバスに乗って上高地に入る。乗り換えに時間がかかるので、料金は高いが長野新幹線の方が時間短縮になる。知らなかった。

今回はSONYの固定焦点のビデオカメラを使った。これは自撮り用カメラらしい。自撮り棒に着けたり、逆にまわして追かけながらとるようだ。最初なのでなかなかうまく取れなかったが、慣れれば面白いビデオがとれそうだ。次回はスキーの時に使ってみよう。

80番国分寺からの「へんろ道」

国分寺を過ぎると、どんどん山の方に道が入って行く。あの急な坂が「へんろころがし」なのだろう。昔は田んぼがあったようだ。重機を操作しているお兄さんに聞いたら、放棄された田んぼを太陽電池パネルの設置場所変えているところだという。苦労して稲作をするよりも、パネルを設置して利益を得る方が楽だろう。なんかアパートの大家さんみたいだ。
国分寺発9:30→

本日は日差しは強いが気温は20℃くらい。山の中は木々が茂っているので日差しはさえぎられる。奥さんは日傘をさしていたが、山の中では必要がなくなった。
展望台(石鎚神社WC)10:30 → 一本松峠 11:30

  一本松峠には車道が通っている。右に行けば82番根香寺(ねごろじ)左に行けば81番白峰寺(しろみねじ)である。2週間前に通ったばかりの清水さんのアドバイスでまず車道を通り81番へ向かう。歩く道は車道を横切ってくだる。涼しいし気分はいいだろうが上り下りがあり遠い。自衛隊のフェンスに沿って2キロほど歩き、途中から歩道に降りる(左の案内柱)。
ゼンマイがたくさん生えているので取りたかったが、持って歩くわけにはいかない。81番白峰寺までいい道だった。

81番白峰寺( 寺の記事は別にする)
崇徳院ゆかりの寺を後にして、同じ道を古田まで戻る。寺の前に「へんろの道」の案内がある。ここは讃岐でも最もよく丁石(ちょういし)が残っており、手入れもされているという。50丁からはじまり82番の根香寺が1番になっている。
上の石柱12:15 → 白峯寺12:30-1:00 → 閼伽井2:10 → 19丁3:00 → みち草 3:30

19丁を過ぎるとまもなく車道にぶつかる。みち草という食堂があった。一瞬入ろうと思ったが、すでに3時半、先はまだ長いので素通り。

82番根香寺 4:00-4:30 → へんろ小屋4:45 → 車道分岐5:30 → 鬼無駅 6:30

9時間の行動時間、長い一日でした。3万9千歩。鬼無駅から丸亀に戻りホテルへ。

戸隠奥社、雪遊び!

  例年この時期に長野県の戸隠高原で雪遊びをしている。我が都立大の山岳部の有志がお金を出し合って山小屋を作ったのはもう40数年前。それから2代目のログハウスもでき、OBたちが楽しく前向きに使ってきた。近年は山岳部の現役を集めてきたが、若い連中は群れることを嫌う傾向にあり、大OBたちと同じ釜の飯を食うという楽しみを知らない。  現役連中は近くに来ても、山小屋に寄らないことがおおい。年寄連中は何とか若者に引き継いでもらいたいのだが、どうもうまく世代交代はできそうにもない。ここ数年同じ話をしているが、うまい解決策はない。じいさんたちが自分たちで細々と維持していくしかないようだ。翌日はスキーを始めたが、顔にバチバチ当たる氷粒のために早々に引き上げ。老人の半日券は2600円、十分に元は取ったかな!

まだまだ雪が・・・

雪からほぼ1週間たった。もう石神井川沿いの散歩は可能かと思って出て行ってみた。ところが今回は雪が多かったせいか、まだまだ融けていなかった。大仏さんの前までいっが、現在の私の足取りでは危ういので戻ってきた。。 途中には南極の石が、「おおー故郷に戻ったなあ!」というような感じでたたずんでいた。ここは昔、極地研究所があった場所だ。我が家の近くの健康長寿医療センターのまわりは走る人が多いのでコースができていた。

蔵王温泉スキー場

昨日までスキージャンプが行われていましたが、本日は片づけが大わらわ。次の開催地に装備品を送るので大型トラックが何台も行き来していました。 昨日は大勢のスキーヤーもいましたが本日はまったく人はいなくなりました。ジャンプ台の前の竜山ゲレンデは私たちの貸し切り。あまり人がいないと心配になります。

頂上へ行くロープウェーはかなり混んでいました。スキーやボードはもっていない家族連れが多いのですが、皆さん黒いマスクをしているので中国人だと分かります。頂上付近は、まだ蔵王特有のモンスターはできていないのですが、それでも珍しいらしく樹氷原に入って写真を撮りまくっていました。子どもたちにはいい記念になるよね。

東京は大雪らしいのですが、こちらもだんだん天気が悪くなってきました。早めに帰って宿で温泉三昧です。明日の東京付近の交通状況が心配です。
写真の覆面人物が私です。ここ10年間、カッコ悪いけどヘルメット覆面姿です。スキーは幅12センチで前後が跳ね上がっているロッカースキーです。ビンディングは歩き用にTLTを使っています。でもここでは普通のスキーですから、TLTの意味はなし。でも大変軽いのは年寄にはいい。