陸奥国一宮 鹽竈神社

  鳥海山の帰り、USHIDA君の車に乗せてもらい塩釜の鹽竈神社に行ってきました。矢島から院内、鬼首、鳴子温泉を経由し多賀城から塩釜に行った。平成最後の日は涙雨? 車がなければ行くことができなかった。ありがたかった。

この神社には多数の狛犬がいた。それの全部、種類が異なっており、実に面白い。雨の中走り回ってすべて見たつもりだったが、まだ裏参道の下、七曲坂の下にも居そうだった。とりあえず9対の狛犬を載せておきます。

この神社は陸奥の国の一宮一宮巡りのページも作りましたので見てください。

恒例になった高齢者のスキー、ことしも連休は鳥海山に来ています。最高齢のKawazoe さんは80歳、傘寿のお祝いを2200mの頂上で行おうということでやってきました。

しかし初日は雨で登山はできなかった。翌日は高気圧の縁だったので風が強くて、さらに気温は登山口でマイナス2℃、体感温度はマイナス10℃ぐらいだった。標高が上がるに連れて斜面は氷になり、シールの上にアイゼンを付けての登りになった。

強風の時には 身体を屈めて身構えないと飛ばされてしまう。そんなことを繰り返しているうちに疲労困ぱいしてしまった。9号目ふきんでついにリタイヤ。それから下りにかかるが、強風の中でシールを外してスキーを履くのは大変な作業。

私はスキーで下るが2人はスキーをザックにつけて、スキー口にアイゼンを付けて下る。すきーはアッというまに避難小屋まで下るが歩きは時間がかかる。八号目の小屋に集合して、あとは皆スキーに履き替えて下る。

天気は良かったが、登れなかったことにはちょっと悔しかったが、まあ年を考えればしょうがない。ムリして行って怪我でもしたら大非難を浴びる。若い頃なら少々危険でも突っ込んだが、今はしない。私も大人になったものだ。

 

 

今年のボタン 西新井大師

昨日は落合の薬王院に行った。本日、奥様はお友達と西新井大師へ。
今やボタンの真っ盛り。すばらしい写真が撮れた(スマホ)
本日のボタンの写真はすべて奥さん。奥さんの方がうまいな。

私は珍しく旅文研の研究会に参加。最近は半ボケなのでしっかり聞いたつもりでも 理解が進まない。困ったもんだ。

今年のボタン

例年落合の薬王院に行く!ボタンの名所だから。といあえず写真!
22日に奥さんが西新井大師に行って写真を撮ってきた。
薬王院では黄色いのが撮れなかったので、借用し追加した。

上海に行ってました!

長いことブログを更新しなかったので、皆さんにご心配をかけました。すみません。しかしこれは私のせいではなく、中国政府が通信をブロックしているからです。といいわけをしておきます。

中国に行った人は、FacebookやGmail、Lineはまったく通じないことを実感されたことでしょう。通じるのはWeChat と呼ばれるLineと同じ通信方法です。値段は高いけど電話は普通にかけることはできます。

現地にいる人やビジネスマンはどうするのか?? これにはちゃんと抜け穴はあるようです。現地の友人はFacebookをやっているので、私は日本からFacebookで連絡していました。しかし現地に行ってみて通jないことがわかり、連絡方法がなくなりました。ということで直接お宅に行ってみて会うことができました。

というようなことで、15日の夕方戻ってきましたので、これから前にさかのぼってブログを書いていきます。ご心配をかけて申し訳ありませんでした。

揚子江は巨大!黄浦江に入る

荒れた海をぬけると水の色が変わる。と言われたが寝ていたのでよくわからなかった。帰りのヒコーキの上から見ることができた。確かに泥色はすごい。こんなに泥を流すと陸地は消えちゃうんではないかとおもうが中国は広いし山は高い。心配しなくてもよさそうだ。揚子江に入ると船足は遅くなる。浅いのと船が多いことが原因だ。揚子江河口から上海までは6時間かかる。川岸は発電所、工業地帯が並ぶ。びっしりと貨物船が荷受けをしている。こりゃ神戸港がいくつあってもかなわないや。

小さな灯台を右手に見て、黄浦江に入っていく。大きな船がこすりそうになって近づく。遠くに見えていた栓抜きビルが右に左に移る。黄浦江は大いに蛇行している証拠だ。近くに海警の船がいる。軍艦も停まっている。写真を撮ると怒られそうな距離なので、カメラを隠す。

上海の街を海からゆっくりと見物するのはなかなかいい。いつも見ていた景色とはちょっと違う。超々高層ビルがあるが、その一つは森ビルだそうだ。昨年も同じ時期に来た。今年も桜(八重桜)が迎えてくれた。上陸後は遠くから見えていた栓抜きビルの87階でランチ。50階建てのビルがはるかに下に見える。それでもまだ高いビルがあって見上げている。

 

玄界灘は波高し!写真も撮れない!

予想通り玄界灘に出ると風雨が強まった。夜が明けたころに目の前に島が見える。GPSの地図を見ると済州島だ。北西の風のため、高い山がある済州島を風よけにしているらしい。部屋から出ると吹き飛ばされそう。とても外に出る気にはならない。昼食には10人ぐらいしか出てこない。皆部屋で横になって我慢をしているようだ。

この船の乗客が少なくても貨物で採算が取れるそうだ。その中で特徴的なのは競走馬を運んでいることだ。日本人は4人しか載っていなかったが、その一人シイナさんは競走馬を運ぶ業を長年やってるという。美浦から4頭の競走馬を専用コンテナにいれて運んでいる。そんなことができる船はこの新鑑真号だけなのだそうだ。馬も酔うのでつきっきりでえさや水を与えている。もう一人の係員の中国人はベッドにもぐりこんだまま。日本人はよく働く!

もう一人の日本人は近江八幡出身の方。小さな子を含めた中国家族と一緒だ。日本の家は処分し、会社をたたんで中国に移住するために家財道具一式を積んでいるのだそうだ。中国のどこですか? と聞くと奥さんのふるさと雲南省の保山というところ。ミャンマーの国境に近い場所だ。一番近い街が大理で、そこまで200㎞あるという。日本の先行きは危ない。家族でのんびりとド田舎町で暮らすのだそうだ。ちなみに一番近い大理には日本人が四人住んでいるが、保山に住む日本人はまだいないとのこと。「なぜこんなところに日本人が?」の番組が目をつけそうだ。この後は橋の写真を8枚。これらの橋の上を何回も行き来した。瀬戸大橋は四国遍路のたびに通ったので生き返りで10回近くは通ったろう。しまなみ海道も海宝さんのマラソンで10回走った。しかし下から見るのは初めてだった。すごい大きさだ。よくこんなものを作った。これからはメンテナンスに時間もお金もかかるだろう。

神戸から船に乗って揚子江へ

現在日本と中国の間には「新鑑真号」というフェリーが定期運航をしている。ネットで調べていると早割で一人4万円のところ2万8千円で行くことができると書いてあった。3月の6日のことだった。9日までにお金を振り込めばOKということだったので急いで5万6千円を振り込んだ。 翌日電話があって、受け付けました。とのこと。こまごまと出発場所、持ち物など教えてくれる。1万5千トンだから乗客は相当いるだろうに、皆にこんなに親切なのかといぶかった。予想通りで始発の新幹線で新神戸に行き、ポートライナーで上海行の埠頭についたが誰もいない。 目の前には巨大な世界一周の豪華客船が停泊し、大勢の乗客が入国手続きをしている。私たちはそれが終わってからとのこと。11時の出航時間近くなってやっと30人ほどになった。「こんなに客が少ないのか?」と話していたら、その方はフェリー会社の社長さんだった。「乗船いただきありがとうございます」とお礼を言われた。社長自らが送迎に出ているなんていい会社だな。 神戸を出港するとすぐに淡路島との間にかかる明石大橋をくぐる。本州と四国の間には三本の連絡橋がある。全部の写真を撮ろうと思ったが、瀬戸内海にいる間の船足は鈍い。見ていればいかに狭い海峡であるかわかる。一緒に乗り合わせた神戸在住の中国人と話をすると、揚子江は瀬戸内海よりも幅は広いという。そんな!と思ったが瀬戸内が狭いことは橋の下を通過してよくわかった。揚子江には橋は架けられないとのこと。 瀬戸大橋、しまなみ海道の来島大橋の下を通過するころには夕闇が迫ってきた。関門海峡は深夜零時過ぎだった。奥さんは起こしてくれと言っていたが、波が高く船が揺れてきたので外には出てこなかった。関門海峡を通過すると玄界灘。結構荒れるんですよと! 中国人の黄さんは言う。確かにかなり雨風が強くなってきた。急いでベットに潜り込む。