サクラ サクラ

今日は20℃にもなったようで、一気にサクラは満開になった。花粉症で悩んでいる奥さんと孫と近くの石神井川を歩いた。保育園の子どもたちがお散歩中だ。この子たちを見ていると、我が家の孫のことが気にかかる。 160331syaku01 160331syaku02 160331syaku03 160331syaku04 160331syaku05 160331syaku06 160331syaku07

我が家の孫の一番下の子が明日から小学生。一緒に行った孫は明日から中学生。みな同じ保育園だったので、私たちジジババは11年間送り迎えの手伝いをした。なにせ我が家から100mほどのところにある保育園なので、親たちは「間にあわないから迎えに行って」とか、忙しいから朝早く連れてきて、「じいちゃん送って行って」とか。11年前は体力もあって毎日でも大丈夫だったが、ここ数年は、「またかよ!」という感じ。

その孫たちはすでに卒園式を終えて、入学式を待つばかり。無事に育ってくれてありがたいことだ。みなさんに感謝感謝だね。

 

 

いよいよ桜シーズン 几号高低標

昔勤めていたのは茗荷谷にある高校。通勤途中に播磨坂の桜並木があった。この時期は必ずサクラ並木の下を通って通っていた。その高校は私がいるころに100周年を迎えた。その時の実行委員の仲間が毎年集まって観桜会を行っている。今年は年度内の30日に集まることになった。半ボケなので、茗荷谷のひとつ前の新大塚で降りてしまい、集合時間に遅れてしまった。
集まった人は3人だけ。みなさん半病人で、本日は病気自慢?の会になってしまった。伝通院のサクラをみて昼食。なかなかしゃれたレストラン。私の勤務時期にはなかったなあ。
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忘れていた、地理の先生だったHOSO田さんが、明治期の水準点の記号(几号高低標:几号[きごう]とよむ)の着いた石柱が宗慶寺にあるので調べてみようということになった。宗慶寺は私の高校時代の担任のお寺。もう亡くなられたが、寺の方に事情を話して、極楽水の石柱の下を掘らせてもらった。確かに水準点の記号があった。インターネットで見ると、「極楽水の石柱が再建されたときに几号高低標が埋まって見えなくなった」と書いてあった。確かに15センチほど埋まっていた。寺の方に「文化財だから見えるようにして下さい」とお願いしておいた。

地平線会議の余韻

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 昨日は多くの方々が来て下さり感動モノでした。終わった後も早稲田駅近くの中華料理店を貸し切って、二次会があり、大いに盛り上がりました。久々に会ったヨーリンは重たい「高麗人参酒」を抱えてきてくれました。私は重くて持てないので後日送ってもらうことにしましたが、とてつもなく立派なニンジンが三本も入っている高価なものでした。すごい。
 あちこちに御礼の電話やらはがきやらで一日終わりになってしまいました。と思ったけど、そうだ、昨日会場に置いてきた自転車を取りに行かなけりゃ!夕方は晴れていたのですが、夜になって雷が鳴り大雨になったので、新宿のコズミックセンターに置いてきてしまった。
 バス券を使って池袋から渋谷行きに乗り、コズミックセンター前で降りる。20数年前、この道を走って通っていた。

ジャーニーランの話 地平線会議

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 地平線会議で、ジャーニーランの話をさせてもらいました。地平線会議は1979年に発足した『探検と冒険のネットワーク」です。第一回の報告者は私で、その時にはトルコ全土を回った話をしました。今回の報告会は443回目、月一の報告会、通信は一度も休んでいないのでほぼ37年間続いている大変な会議です。私は第一回からほぼ30年間地平線通信と報告会を担当してきましたが、2011年以降は引退して、いまは見守隊で地平線通信を読むぐらいの付き合いです。
 そこに久々に呼んでいただいて、報告をすることができました。人の前で話をすることは、あまりなくなっていたので、準備をしっかりやりました。何を話すかメモ用に映像を作っておき、時々止めては話をしました。最近はボケが進んでいるので、メモがないと前後の脈絡がなくなるし、言いたいことが欠落するからです。しかし予想通り、人の名前や地名を間違えて、みなさんからたくさんの指摘を受けました。「年だからしょうがないなぁ」とお許しいただきたいものですが、ちょっとショックですなあ。
 大阪や福島、山梨、茂原など遠方からも来て下さいました。30年ぶり、もっと40年ぶりの方々もおられました。「話を聞くのはこれが最後かもしれない!」と思っていた人も多かったようで、機嫌よく話していたのを見て安心、あるいは期待外れと思ってくれたようです。私も2時間立ちっぱなしで話すのはきついかと思っていましたが、楽しく話せて、さらに二次会にも行くことができました。家に戻ったのは午前様直前、何年ぶりのことでした。
 ともかく元気に2時間話すことができたのは良かった。みなさんからパワーと花束を頂きました。ありがとうございました。参加して下さった皆さんに感謝感謝。E本、MARU山、NAGA野、TAKASYO の皆さん Special Thanks!

寒いけど、桜が咲き始めた!

東京は寒い。まだ手袋をして外出している。年寄りが寒がっているだけだよ!と言われそうだが、記録を見ると最低温度3℃、最高でも12℃だったようだ。これは桜の季節にしては寒い。しかし21日の開花宣言以降、徐々に都内でもソメイヨシノは咲き始めている。写真を2枚。
 上は昨日撮った芝公園内のさくら、寒いのにもうお花見宴会をやっている数団体があった。下は我が家の前のお世話になっている老人病院のさくら。古い病院の建物が取り壊されるので目隠しになっているが、キャンバスのような背景になった。でもソメイヨシノは白すぎてはえないので、ちょっと色をつけて加工してみた。
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スペイン語コンテストを聞きに!

160326hina01 港区の男女平等参画センター(リーブラ)でスペイン語のスピーチコンテストが開かれたので、私も聞きに行った。「スペイン語わかるの?」・・・まったくわからないが、知り合いの高校生が最終選考まで残っているというので応援(やじうま)で行ってみた。皇族さまも来られるので、いつもの格好では来ないようにと言われたのでいちおうまともな格好をしていった。

言葉はわからないが、態度表情などで、だれがすごいかはわかる。高校生も何人かでていたが、外語大学の学生よりも堂々としていてすばらしかった。大学生、社会人などもいるなかで高校生が優勝してスペイン留学の権利を得た。我が応援の高校生はおしくも優勝を逃したが、すばらしかった。去年の今頃はまったくスペイン語など知りもしなかったのに、あれだけ堂々としゃべれるようになったとは、若者の集中力はすごい。感動感動だった。将来楽しみだ。

久しぶりの環境講座 

久しぶりで埼玉の消費者団体「コーペル」で環境講座をさせてもらった。みなさん桜環境センターを見学に行ったあとあとだったので、盛り上がった。今回はLinear Economy から Circular Economy と称してお話をした。これは昨年話題読んだスーパープレゼンティションで使われた言葉を借用した。新しいモノ好きのみなさんには好評だったが、中身は前から言っている通りの3Rである。


リサイクルに関してこんな俳句?を作ってくれた
「風呂プール 我が家のごみが 姿変え」なかなかいいね。これがリサイクルだ。

さらに4月からの電力小売り自由化に関しても話した。桜環境センターもごみ発電でつくった電力を売っているけど、ちゃんと料金をもらっているのかな?? 協同組合がつぶれたばかりで、自治体のごみ発電所が被害にあっっている。どうしたらいいか、あおられないで、とりあえず状況を見守る方がよさそうだ。との話をした。我が家もとりあえずはアンペア数を下げただけ。

寒い!さくらはまだ!

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 東京のソメイヨシノは21日に開花したが、その後は寒い日が続き、我が家の近くのソメイヨシノはほとんど咲いていない。写真を撮りに出かけたが、こっちの方がよかった。ツルニチニチ草だそうだ。ニチニチ草はピンク色だがこちらはツル・ニチニチ草で紫色。見ている方がはるかに紫色が濃い。
 ヨーロッパでは常緑で枯れないことから不死のシンボルで、身に着けると繁栄と幸福をもたらしてくれるという言い伝えがある。別名「大地の喜び」「魔法のすみれ」・・・だそうだ。

月と木星と並んでいる

160322moon  本日はほぼ満月。月のそばに木星が輝いている。木星は衝の位置にある。衝というのは地球を挟んで太陽と正反対の位置にその星が来た時のことを言う。満月と同じ関係。でも地球を回る月と違って、衝の時と反対側に来た時=合の距離関係は2:3ぐらいだから、衝の時の明るさの差は1.5の2乗=2.25倍。一等級(星)の明るさのちがいは2.5だからほぼ1等級の明るさのちがいがある。これってけっこう大きな違いだ。

我が家のベランダから写真を撮ってみた。もちろん合成だが、満月はこんな感じに見える。(実際よりも直径は1.5倍)

地平線会議で話します!

DSCN2701 「ちょっとそこまで走り旅」の出版と合わせて地平線会議でお話をさせていただくことになりました。私は1979年9月、第一回目の地平線会議の報告者です。もう37年前のことです。それ以来今回で443回目。私も30年間関わってきた。報告会の案内は、最初はKIYO瀬高校のガリ版を借りて印刷していた。そのあともいろんな高校の輪転機をひそかに借りていたが、私が退職して、現在は新宿区の区民センターの印刷機を借りている。MORI井さんという名人がE本さんの原稿をパソコンで編集して印刷している。継続こそ力。すごいもんだ。

最近ボケが進んでいるので、話す内容を忘れそうなので、いま画像編集をしている。今回は動画も入れようかと思っている。昔授業をするときにはみんな頭に入っており、ここで脱線などと予測できたのだが、いまはそのタイミングはまったくわからない。なんとかブーイングが起きないように頑張りたいのだが。ちょっと心配。

場所は新宿区コズミックセンター 東京メトロの西早稲田駅のすぐ前です。早稲田大学理工学部、戸山高校前。明治通りに面しています。時間は6時半から9時まで。2次会もあり。 アッ 日にちだけど 3月28日(月曜日)です。 入場料500円。

野口研のサクラ 今年も満開

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NHKのお天気おじさんの南さんが18日には東京も開花するだろうと言っていました。気象庁の発表は21日ですから、かなり早い予想でした。でも残念!本日の東京の開花はなかったようです。

私は毎年、ソメイヨシノが咲く前に石神井川の沿いの野口研究所の八重のサクラが咲くことをしっているので、散歩がてら行ってみた。予想通り満開。

田老 巨大な堤防

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 写真整理の途中でこんな写真を見つけた。岩手県の田老という町の大堤防だ。こんな巨大な堤防があれば大丈夫だと、私も思っていた。しかし2010年の3.11ではあっけなく越えてしまった。堤防があると安心してしまう。こんな大堤防でも越えてしまうのだ。どう再建するのか。ちょっと心配だ。

カルボナード島越

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 三陸鉄道北リアス線の島越(カルボナード島越(しまのっこし))の駅舎です。でした。2011年3月11日に津波で流されてしまいました。あまちゃんで放送された場所です。線路は高架だったのですが、それも流され、車両だけが残された映像が印象的でした。私はこのあたりを1990年代に何回も歩きました。田野畑村、集落は高台にあるので人的被害は、南三陸に比べると少なかったのですが、それでも駅周辺の被害は大変でした。今は駅舎は高台に移転して、三陸鉄道は復旧しています。

富岡 小浜海岸 ろうそく岩

160313candlerock がらくた整理を始めているが、その中でも一番大変なのがスライドの写真だ。四段のファイリングケース2本にぎっしりと入っている。一応整理をしてあると思っていたが、何かに使ったりしてかなり散逸している。大事そうなものだけ残し、全部捨ててしまおうと思っていた。

しかしこんな写真があった。こりゃとても捨てられない。どこの場所かと言えば、福島県の富岡の牛浜海岸だ。1980年代に常磐線富岡駅から小良浜(おらがはま)の港に向けて走った時に撮った写真だ。昨年常磐線の富岡駅の跡に行ったが、常磐線はまったく途切れたまま。それもそのはず、ここは福島第一原発と第二原発の間にある町で、とても帰還ができる場所ではない。

当時この岩は「ローソク岩」と呼ばれていたと思う。現在どうなっているか、福島在住の哲くんに聞いたが、「まだまだ行くことはできないのでどうなったかわからない」とのこと。風の噂では津波でローソク岩は崩壊したという。見てわかるとおりこの岩はかなり柔らかい砂岩、泥岩などが重なったもので、年々崩れてきていた。なくなるのは時間の問題だと思っていたが、大津波であっけなくなくなったようだ。

自然界にはカタストロフィ(不連続・大変化)ということが時々ある。大地震、大津波、大洪水、大噴火など。通常はちょろちょろ流れている川の水がとてもV字谷をつくるとは思えないが、長い歴史の中では大洪水がしばしばおこってとてつもなく大きい岩が谷底を削りながら流れてくる。V字谷はカタストロフィでできるもので、ふだんの連続的な浸食でできるわけではない。

ろうそく岩の対岸には遺跡がかなりあったが、半分ぐらいが削られていた。当時私は徐々に浸食が進んでいるのだと思っていたが、過去の大津波で一気に崩れ去ったのだといま思う。たぶん「ローソク岩」はなくなっているのだろうが、福島第一原発の放射能のために確かめることはできない。様々な意味で、この写真重要だ。写真を捨てる作業はしばらく中断しなけりゃ。

「雨だれ岩を穿つ」、小さな雨だれでも長年続けば岩に穴をあけることができるということわざかな。しかし岩に穴をあけるまでの間にカタストロフィーが起こることが今回わかった。コツコツ努力していても突然ひどいことが起こることはあるということ。「努力は実るとは限らない」という教訓もある。一生懸命コツコツ努力している人から見れば、なんと不謹慎と怒られそうだが、そんなことをローソク岩の写真から感じた。