関野吉晴探検資料館

2月28日(土)
昨日は地平線会議。291回目。金井シゲさんの登場だった。金井さんのハワイ。前半はいつもの名調子。後半はE本さんハワイ初体験。デジカメ初体験のお話。さらに後半は石川くん登場。熱気球で太平洋横断に飛び立ったが途中で着水。幸運に恵まれ無事にコンテナ船に救出された顛末についての報告。A東君の植村直己賞受賞の話。さらにT村さんの7大陸最高峰をめざす決意。などなど盛りだくさんの話題、それぞれじっくり聞きたい内容のつまみ食いだった。

午前中は墨田区にある「すみだ環境ふれあい館」に関野吉晴探検資料室が開設され区長から感謝状をうける関野さんる事になり、その開設式があった。地平線の仲間とともに出席。墨田区は関野さんの出身地。資料室は廃校になった小学校を転用した環境の教育施設。もともと墨田区は雨水利用では先進区だ。その館に大きな目玉ができた。小学校の転用施設だから、展示資料の保護にはよい環境ではないかも知れない。しかし手作りを大事にする関野さんらしい場所を得た感じだ。子どもたちにていねいにカヤックやソリの説明をする姿は、人間好きが伝わってくる。
展示された140点のすばらしい写真のかなりの部分は、人間の笑顔だ。人と人のていねいなつきあいが現れた写真だ。
子どもたちにぜひ見せたい資料館だ。墨田区近くに住んでおられる方、ぜひ見学してください。

入館料無料。場所は
墨田区文花1-32-9 旧文花小学校 東武鉄道亀戸線「小村井駅」下車10分

木を切る=気を切る!

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2月26日(木)
庭の木が大きくなりすぎたので、小さくコンパクトにしてもらうことにした。騎西町にすむ江口くんご夫妻にお願いした。彼は農大出身のプロの職人さんだ。はしごも手作りのものだ。花水木、サザンカ、キンモクセイを小さくしてもらい、太く大きくなりすぎた西洋カエデを根本から切り倒してもらった。

木を切るのは大変なんですよ、と言うeguti2。力がいると言う意味ではなく、木にはそれぞれ気があって、それと対話をしなければ切れないという。昨年近所の屋敷の大木を切る仕事を請け負い、上から枝を下ろしていったが、いよいよ切り倒そうという段になったときに、はしごから落ちて背骨を痛め半年間も仕事ができなかったそうだ。「その木は昔からその屋敷にあった大木で、切る必然性はなかったんです。自分はその木の「気」を感じていたのだが、仕事なので切ろうとしたが、ダメだったんです。むこうの気のほうが強かったんです」と話してくれた。その木はいまもそのままになっているそうだ。

我が家のカエデにはその気を感じなかったが、ムダにしてはいけないので、職人さんの仕事の脇で、ベンチにする作業をした。丸太を切るのは息が切れるが、「大事に使うからね」と言いながら作品を完成した。いつもは我が作品にケチをつけるわが奥さんが誉めてくれた。

今日が誕生日だったから鷹揚だったのだろう。

 

みわ塾 淡きくれない

2月25日(水)
久々の「みわ塾」の日。今日も昼の部に18人。夜の部に13人が来てくれた。いつものメンバーに加えて若者も数人来てくれた。おもしろかったのは親子の参加者が数組いたこと。親子断絶を心配する風潮もあるが、こんな例もいくつもあるのだ。

今回のテーマ「人類の未来」で「3世代同居」を人類の未来を明るくするヒントだとのべた。  ジジ、ババとの会話は重要なのだ。もう一つは「自然には神が宿る」、森の木それぞれに何やら霊力があるというのもだ。最近はこの話をあちこちでしており、もしかすると「みわ塾」はあやしい宗教団体ではないかと思われている。実は私はなんだかわけのわからない「八百万の神」を信じる人間なのだ。これを宗教というなら、宗教家でもいい。でもだれでもが、好き勝手に何でも信じてしまうというのは宗教になるのかしら?

お母上の歌集「淡きくれなゐ」takekiyo

そんなわけのわからない話をして帰ったら、武田くんから、お母さんが亡くなったとの電話をもらった。彼のお母さんにはPTAの頃からいろいろお世話になったし、教えてもらうことも多かった。息子とは違って凛とし、教養も大変深い方だった。歌集を頂いたこともあった。その中にいくつか息子のことを歌ったものがあった。3つほど拾い出し、ここに掲載させていただきます。

 

チベットにて如何なる思惟を経しならむ髭に覆われ帰りし息子
幼き日我が袖の陰にかくれし子いま晴れやかに花嫁と並ぶ (私が仲人をしました)
クェートの砂漠にマングローブを根付かせし十年の辛苦とを淡々と語る (向後さんのこと)

何だかわからない集まり!

2月24日(火)
昨日の晩と今日の晩は銀座と上野に出かけた。昨日は小林番長の集まりだった。前橋に住む小林さんは我が家にいたネコの実家だ。バンにいたから番長だったのだが、辞めてしまって、今は私と同じフリーターだそうだ。

阿部さんも実は今年初め転職したんですとのはなし。星野さんも・・・・と言うが彼はズーと昔からフリーターみたいな写真家だ。30歳代、40歳代(私は50歳代だが)が8人いてフリーター的なのが4人というのは現代社会の縮図みたいだ。

ところで、このメンバーはどういうつながりかあんまりよく分からないのだ。昔玉原高原でキャンプをしていたのは分かっているんだが、そこに来たこともない人もいる。なんだか分からないが小林番長が前橋から出てくることになると、メールが入ってきて、それぞれが「参加します」などの返事が飛び交う。銀座三越のライオンの前というのに日本橋三越のライオンの前で待っていたり、ハチ公の前に行くのかととんでもないことを言う人がいる。
小林番長がフリーターになると出張のチャンスがなくなる。どうぞ自前で出張して来てくだされ。そうでないとなんだか分からない集まりがなくなってしまうから!

今日の夕方は昔の教え子が集まった。武蔵美の大学生になった野沢さんに、教授連にボクの知り合いが沢山いるよ。と威張っておいた。教授様の1人関野さんの「探検資料館」が28日墨田区にオープンするという案内を受けた。我が板橋区には植村直己冒険館がある。それに匹敵するすごいことだ。橋場さんは芸術大学生だ。これもなかなかすごい。

杉浦くんは名門W大学に入ったのに辞めちゃった。何でと言ったら「この前会ったとき辞めちゃえって言ったじゃないか」と言われた。酔っぱらっていたので覚えていないと逃げをうったが、そんなこと言ったような気がする。服部くん、Hくん辞めないように!責任を逃れるためにここで表明しておく。

憲法9条 Tシャツ

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2月23日(月)
この日記にパワーポイントで作った「ミャンマー編」をリンクさせようとしているのですがなかなかうまくいきません。やっと文字だけが出てくるようになったのですが、画像がリンクしていないのです。ホームページビルダーのプレビューをみると画像もリンクしているのですが、どこで外れてしまうのだろう。こんな事に時間がとられて、一日が過ぎていきます。

憲法9条

憲法9条

今日の写真は私の顔を出そうとしたものではなく、このTシャツです。ウインドファームの中村隆市さんから頂いたので、宣伝です。9番  日本には憲法第9条があって、戦争はしないと世界にも知らせようというものです。戦争をするふつうの国ではなく、戦争は絶対やらないということを宣言することも立派な国際貢献です。イラクの自衛隊の人たちは迷彩色の戦闘服など着ないで、このシャツに着がえて戦争をしに来たんではないとアピールすればいいのに。

オーガニックコットン製なので着心地は大変結構です。

Tシャツの問い合わせは http://www.sloth.gr.jp/site9/chi9/chi9.htm

ベトナム・マングローブ林でカヤック

2月16日(月)
今朝早くベトナムのホーチミン市から帰ってきました。ベトナムは「みわ塾」の聴講生からの授業料徴収が目的でしたが、その何倍かの支払いをさせてしまいました。とんでもないたかり元教師ですが、現在はフリーターなので、勘弁してくだされ!

山本くんと秋山くんは私の戸山高校時代に担任した生徒でラグビー部仲間です。高校生からの仲良し3人組の二人がいまだにベトナムで数年間一緒にいるのですから腐れ縁ですなあ。もう一人の岡村くんは最近すっかりヨーロッパかぶれですが、しばしば一緒に遊んでいるようです。

 

ホーチミン市の南にあるカンザーのマングローブの森をカヌーで巡ってきました。いつものようにカヌーぐらいできるよと言ってましたが、私は実際には100mぐらいしか漕いだことはありません。なのに彼らは海に近い細い水路を5時間ぐらい漕いで行こうというのです。貸してもらったのは正式にはカヤックで、モンベル製の4.5mの安定のよいAFREQというシリーズの艇です。

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ほとんど船の来ない水路を3人でゆっくり漕いで行きましたが、私には1時間が限度。徐々に腕が上がらなくなってきました。マングローブの種類を説明しながら、休みました。カヤックは休んでいても下流に下るのですが、3時間を過ぎることから、潮が満ち始め、アゲインストの進路になりました。下流の橋に運転手さんを待たせているので、なんとかそこまでたどり着かなければなりません。風、波がでてきていくら漕いでも、戻されている感じです。彼らは慣れているので、巧みにコースをとりながら進んでいますが、私は必死に漕いでもどんどん離され、一足遅れて橋の下まで付いたときには立ち上がるのもやっとぐらいの疲労困憊でした。足は鍛えているのですが、腕はダメでした。 しかし身体を目一杯使った時の心地よさは、いいものです。山本宅で夕日を見ながらビールを飲んでぐっすりと熟睡をしました。この体験は皆さんにもしてもらいたいですね。

ところで、話は変わって、。ベトナムと言ったら、すぐさま戦争と連想するのですが、彼らはもう先に進んでいるようでした。それは驚きと安堵の感じです。それについてはしばらく考えてから書こうと思っています。

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もう一つベトナムには月光仮面が沢山いたと書いたら、そりゃ何だと言われました。写真を撮りましたので見てください。ベトナムでは私は絶対に運転などできません。ものすごいバイク交通渋滞。覆面は排気ガス防御と日除けだそうです。

熱気球、天の川2号 太平洋に不時着!

1月28日(水)
昨日未明に栃木の永野川河川敷をとびたった天の川2号が太平洋上に着水したという報道があった。神田さんと石川直樹くんが太平洋横断をめざして乗り込んだ巨大な熱気球だ。高度8000mをジェット気流にのり時速200kmで、3日間でアメリカ大陸につく計画だった。

しかし残念なことに燃料の噴射がうまくいかなかったようで、半日で降下したという報道だった。 今の時期の西太平洋の海上はとてつもなく寒いだろう。大丈夫だろうかと心配していたが、近くを航行中のコンテナ船に救助されたとテレビで言っている。よかった。私の一番の心配は、今度のように海に落ちたときに、うまく救助されるだろうかということだった。気球はほとんど水没し、ゴンドラは半分水没していたという。危ないところだった。

偉大な冒険家は運を味方につけることができるのだろう。ともあれ、無事で何よりだ。

結婚式ラッシュ!

1月26日(月)
土曜日、日曜日は我が家は結婚式、結婚の報告で大いに華やいだ。昔はなんとか会館とか何とかホテルでの結婚式が一般的だったが、昨今はレストランウエディングがはやっているらしい。今回も青山のお屋敷レストランでの結婚式だった。広いお庭で人前結婚式が行われ、あとはおいしいワインにお料理ということになる。仲人のご紹介や上司の挨拶などというものはない。友人や家族のお祝いの言葉は心がこもっていて、和やかな雰囲気だ。形が優先されていた結婚式とちがって、いい結婚式だった。

翌日は昔の教え子どうしが結婚するので参列してほしいとの依頼に来てくれた。招待状でいいのに、直接あって伝えたかったと言われて、感激をする。通信会社に勤めているのに、携帯電話も持っていないという。コミュニケーションは直接あうことが基本だというのが私の主張だ。同じ仲間がいてうれしいことだ。市ヶ谷の亀岡神社で式を挙げるという。そこは同級生の家の神社だそうだ。それぞれ手の届くところで、いろいろ結びついているのが本来の社会だろう。携帯やコンピュータだけでつながっている社会はやはり空虚だ。

といいながら、こんなサイバー日誌を書いている・・・・なんか変で、おかしな社会だ。

地平線通信 印刷発送 業務 手順

1月20日(火)
地平線通信を印刷、発送作業。ここ1年間は新宿の榎町地域センターのリソグラフで印刷している。作業順序はまず
■1.編集長の江本さんが原稿集めを行う。同時に報告者の折衝もほとんど編集長が担当。

■2.長野画伯が報告者にインタビューをし、イラストと文章を作成。それをメールで武田くんに送る。

■3.武田くんはこれをB4版の裏表にレイアウト。今回は8ページ。丸山くんが1ページを担当することもある。

■4.地平線の封筒は早稲田封筒で1000枚単位で購入、表はリソグラフで印刷しておく。

■5.宛名ラベルは武田くんの住所管理エクセルからファイルメーカーにして私に送ってくる。それを20枚のラベルに印刷。

■6.用紙は裏表印刷が可能なものを、近くのイオキという紙問屋で調達。クリーム金マリという用紙を500枚注文する。ふつう印刷用では8枚に切って耳を落とすのだが、我々は9枚に切ってもらう。これで4500枚。500枚分お得で、しかもムダがでない。

■7.武田くんから送られたレイアウト済み原稿を江本メールランナーが榎町センターに自転車便で配達。三輪がイラスト、丸山分を貼り合わせて印刷。すこし乾かしてから折り機で半分に折る。これはなかなか優れもので労力が節約される。

■8.そのときに応じて有志に集まってもらい会議室でこれを1/3に折って封筒詰め。宛名ラベル貼り。これは人海戦術しかない。人が集まらないときにはこれに時間がかかる。

■9.終わったらご苦労さんで、北京亭で夕食。

■10.三輪は封筒を郵便局本局の夜間窓口に行って料金別納で投函。463通、37040円。印刷費1600円。会議室借用料1100円。でした。
■昨日集まった人は、三輪、江本、村田、大久保、大西、白根、武田、菊池、坪井、関根 さんでした。もう一人いたような気がするが、だれだっけ??

■思い出した!インド旅行中の藤原さんが、発送作業中にメールをくれたのだ。発送作業応援人人に追加。

大阪で、ランナーズ賞お祝い JT生命誌研究館

1月17日(土)

◆天王寺のビジネスホテルの窓から、雪が降っているのが見える。朝からサウナに入って、身体を十分い暖めてから、四天王寺にいく。聖徳太子がつくった日本で最も古い大寺で、五重塔が美しい。雪のなか、南大門のしたで、熊野権現遙拝石をみつけた。熊野詣での第一歩はここから始まる。ここのところ小森さんの案内で熊野へは何回か出かけているが、この次はここを出発にして、昔の「蟻の熊野詣」の道を歩いてみたい。kumanoyouhai

◆昼は高槻で、姪の夫婦(といっても今週の土曜日が結婚式なのだが)と一緒に食事をする。彼女は自分の父をパパとよび、私を「おとうさん」とよんでいた。実の娘が結婚するような、寂しくうれしい感じがする。

◆高槻にはJTの生命誌研究館がある。前々からぜひ見学したいと思っていた。この館の館長さんは中村桂子さんで、ゲノム研究の世界的な学者さんだ。昨日見た博物館と違って、こちらは本格的だ。オサムシの進化を中心にした展示はなかなかユニークだ。子どもたちにはかなり難しい。しかしこのような本物の研究に接することは、子どもたちの知的刺激には大変よい。ここは大阪大学の大学院にもなっている。

◆高槻から十三にもどって、坂本真理子さんのランナーズ賞受賞の講演会に出席しました。彼女はオーストラリア横断、アメリカ大陸横断、ヨーロッパ縦断を走って成し遂げたスーパーランナーだ。主催する100マイルクラブと共に受賞したので、その仲間の人たちもうれしそうでした。名古屋の岩田くん、八重樫さんら知り合いの人たちにもあえてよかった。楽しい時間になりました。
以上、報告おわり。

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神戸大学で、教授先生にあう!

1月16日(金)

◆神戸からもどってきました。久々に神戸大の金澤先生にあって、マングローブの話をちょっとして、昔話に花を咲かせてきました。一体なにをしに来たのかと思われたかも知れませんが、楽しい時間を過ごしました。いつもみなさんに来ていただいて、「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」などと言っているので、時々はこちらから出向かなければと思ったわけです。金澤教授とは中学校高校以来の友人です。ぜひマングローブ見物に行きましょうと、お誘いをしてきました。

もう一人、書道の大家である魚住教授を訪ねたのですが不在。秘書の方にご挨拶をしてきました。神戸大学は六甲の山の斜面にひな壇状に立っているので、一番上の国際文化学部まで行くのは大変です。

◆その後、神戸の「水博物館」に行きました。浄水場に博物館を建てたものですが、ちょっとお粗末で、ほとんどすべての展示物は修理中で動きません。お客は私一人だけでした。帰りは異人館付近をとおり三宮へ。そこから96年に訪れた灘高校の付近に行ってみました。、周りの建物はほとんど地震の爪痕は見られませんでした。表面上は復旧しているように見えるのですが、人々の心の中はまだもとには戻っていないようです。公園では17日の震災の日の追悼の準備がされていました。あの時は、私は何もできなかった。フリーターになったので、今度は何かの手伝いをしなければいけないと思う。といっても地震が再び起こることを期待しているわけではない。

◆夕刻、大阪の天王寺にいき、昔の戸山の教え子である伊藤くんにあい、下関のフグをごちそうになった。教え子に「たかり」に行くというのは、とんでもない。でもうれしいことだ。ごちそうになったから言うわけではないが、子どもと一緒に遊べる立派な先生になりつつある。遊んでいると教育委員会や校長、PTAからにらまれる。しかし教育ではこれが一番大事なことなのだが・・

 

神戸に行くよ!

最初の1週間はパソコンに向かう時間が長かった。今年は毎日日誌をつけるぞという勢いだったが、3日坊主になった。勢い込んで写真ページを作ったが、枚数が多すぎるのと、1枚の画像が大きすぎ、表示に時間がかかり見ることができないとの苦情もあり、やり直し作業で日誌に向かうヒマがなくなった。

いま「マングローブ図鑑」をつくるべくパソコンに向かって奮闘しているが、どの葉っぱがどの木のものだったのか分からなくなり、ほかの図鑑と首っ引きになっている。時間がかかってしかたがない。現地できちんと同定しておかないからこんなことになる。もう一度整理をするためにミャンマーに行かなければと思う今日この頃!

16日、神戸大学に行って専門家の先生にアドバイスをもらうことにする。阪神大地震からもう9年たつ。96年に行ったときにはまだまだ被害の跡がそこここにあった。2000年はもう表面的には跡形もなくなり、「ルミナリエ」だっけ?の光がピカピカしていた。いま神戸はどうなっているだろう。

久々に神戸に行くんだから、友人に会いたいし、真理子さんのランナーズ賞のお祝いの会にも出てこようと思っている。夜行バスにしよう考えたが、最近年のせいで翌日がきついので、新幹線の割引切符で行くことにした。日曜日にはかえります。

マングローブ百珍(湾岸のマングローブ)

1月6日(火)

昨年は散々お世話になったACTMNG(マングローブ植林行動計画)の事務所に行く。数少ない所員の須田さん、鶴田さんがおられる。今年もよろしくとの挨拶。もと所員で、私もエクアドルでお世話になった鶴田幸一さんの本が届いていた。「マングローブ百珍」という本だが、こりゃおもしろい。アラビアでのマングローブ植林がいかにおもしろかったか。いろいろな報告書はあっても実際のところ第一次湾岸戦争でペルシャ湾岸に油が流れてマングローブがどうなったのか、私は知らなかった。この本でそのころの情景が目に浮かんできた。

■私は彼の作っていたホームページで一部は読んでいたが、本になるとさらにおもしろい。いい本だと思う。西日本新聞の発行なので、あまり読者はいないかもしれないが、興味のある人は一読を! 今の時代マングローブ植林がはやりだけど、適地でもないところにいい加減に植えてはいけないと。その通りだろう。

■彼のホームページは
http://www.smilepapa.com/~tsuru-g/contents/contents.htm
ただし、この「つる爺」は、パソコンやインターネットというものを嫌って隠遁生活に入ってしまった。ホームページの痕跡は残っているが、以後の更新はしないそうだ。

くるみ餅 

1月5日(月)
所沢の親戚の家から、「自然の食材で造ったお正月料理クルミ餅を食べにおいで」とよばれたので、出かける。ご夫婦とも田舎育ちなので、お正月は都会の八百屋で買った野菜ではなく、故郷でとった野菜や、地元の山で取った野生の山菜を使って料理を作っている。テーブルには山ほどごちそうが並べられた。味音痴のわたしでも、いつも食べている野菜や山菜とはまったく違った味がするのがわかる。自然のものはこんなにもおいしいのだ。

■そのなかでも特に気に入ったのは、くるみ餅。「それぐらい私のところでも作るよ」といわれるかもしれないが、クルミの種類がちがう。「お店で売っているのは柔らかくておいしくないんです」と旦那さんが言う。このクルミは特別なものではなくて近くの柳瀬川のほとりに生えているクルミを取ってきたもので、とても堅くてなかなか割れない。それをていねいに割って、すり鉢で半日かけてすりつぶし、水をほんのちょっと入れる。牛乳を加えたこともあるが、これは失敗だった。水加減で柔らかさが決まるのだそうだ。

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■焼きたてのお餅にねっとりとなったクルミをかけて食べる。これは絶品。お店のクルミで作ったものと食べ比べてみても、はっきりとわかる。特別な食材を使うわけではない。そこいらにある自然のクルミを使えばこんなにも旨くなる。これが料理の極意。

■この味を皆さんにつたえたい。今年の10月の「みわ塾」は、自分で取ってきたクルミで、ものすごく旨いクルミ餅を作り、食べるという講座にすることにし、講師もお願いした。前もって野生のクルミを取ってくるという事前学習も行うので、秋のハイキングもかねて、柳瀬川を歩しんでください。

■ついでに、宣伝をしておきます。今年の「みわ塾」は海外講座も行います。6月はモンゴル。ツアーでは行けないようなところに行き、地元の人たちにいろいろと生活の知恵、異なる文化を教えてもらおうと思っています。

日時は6月の10日ごろから1週間。まもなく募集を始めます。

 

書道を見て、お富士さんに登る!

1月4日(日)

●毎日が日曜日の生活なので、今日が日曜日かどうか判断できない。午前中は銀座松坂屋の画廊で行われている「日書學春秋展」に行く。友人の井垣清明くんの書を見る。エラそうに言えば、ここ数年の書には味わいがあるような気がする。大きな中国の歴史と空間の中に悠然と遊んでいる気配だ。さすがのものだ。

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今回の書は私の好きな「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」であった。ここに書いてある文字は「学而時習之不亦説乎 有朋自遠方来不亦楽乎 人不知而不慍不亦君子乎」である。朋(とも)の字が群がっており、遠方の「遠」がずっこけるぐらい遠い感じになっているのが私には心地よい。本人の了承を得て、ここに載せさせてもらった。体力のみと思われている私にもこんな高名な書家の友人がいるのだ。

●文化の香りに触れた後は、新宿に移って「コマ劇場」の細川たかしショーを見に行く。新聞の販売のおまけで当たったものだ。ここ数年の正月公演はコマ劇場だ。ミーハーと言われようがなんと言われようが、これも日本の文化だ。しかし音響がわるく、ただでかい音で耳が聞こえなくなりそうだ。

●そこから帰りついでに成子天神にいく。ここには立派なお富士山がある。いつもは登山口が閉鎖されているのだが、正月の7日間は登ることができる。途中関根さんの家の傍をとおると、奥さんが屋上で布団を取り込んでいる。「オーイ」と声をかけて一緒に天神さんに行き、富士登山をする。わずか10mほどの山だが、見晴らしはいい。でも本物の富士山は新宿のビル群に阻まれて見えない。江戸の昔は本物の富士と対抗する気概だったろうに。岩は「講」の人たちが富士山から運んできた溶岩でできており、一合目、二合目というように登山道がつけられている。頂上には真っ白い「木の花咲くや姫」の立像が建てられている。今年になって品川神社の富士山についで二つ目のお富士山登山がかなった。

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●神社ついでに鎧神社に行く。平将門を祀る神社で、S根さんの氏神さまだという。途中に「蜀江坂」(しょっこうさか)という緩やかな坂がある。将門の弟の将頼が夜襲にあって鎧を着るヒマもなく、蜀江の袖が切り落とされたという由来が書いてある。「蜀江」というのは古代中国の蜀の軍師、諸葛孔明がはじめたと言われる「錦」のことで、幾何学的模様が美しい。正倉院御物にもある世界的に有名な高級な錦である。これはとうぜん私の知識ではない。三人寄れば文珠ではないが、皆さんさすがに年の功だけ知識が深い。

●そのまま関根邸におじゃまをして、沖縄のオリオンビールを飲む。日本はビール寡占状態になっており、ビール味覚を画一化しようという意図がある。ドイツでもイギリスでもビールの種類は多い。日本でもオリオンビールのような中小ビールメーカーが必要だ。というビール文化の多様性を考える格調高い会話に終始し、「細川たかしショー」のチケットをもらうには何新聞がよいかなどと言う話はまったく出なかった。

●今日は格調の高い充実した一日であった。