昼はサッカー 上野で忘年会 グーグルデビュー

久々に自分のチームのサッカー試合。本日は東北大OBとの試合。年齢も近いせいもあって穏やかに楽しく試合ができた。15分4回で 0:1 で敗戦。我が方は得点王のKOYASUくんが欠席なので、得点パターンができなかった。でも楽しく本年の試合は終了。おっともうひとつ21日にもある。でもそちは若手中心。私は出席しても参加はムリだな。

そのあと夕方からいつもの御徒町のソバ屋でメンバーの忘年会。今回は山梨から中山さんが出席。google デビューをしたという。何のことかわからなかったが、グーグルのストリートビューに写ったということ。ストリートと言っても日本第二の高山北岳の山頂の道路をちゃんと写しており、その画面に中山さんが映っている。でも顔にはぼかしが入っていた。グーグルの写真を写す人は大きな車につける大きなカメラを背負ってこの山を登っている。それを見つけて中山さんはずっとそのあとをつけていたので写ったらしい。以下のリンクをクリックしてみてください。
https://www.google.co.jp/maps/@35.6721928,138.2383358,3a,75y,179.02h,60.3t/dat
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TAGUCHIさんは今年のサンチャゴでコンポスティーラの巡礼で、ほとんどやりたいことは終わったとのこと。残ったお金をはたいて皆さんにごちそうをしてくれた。さらに記念のバッグを配ってくれた。怪我もあったが今年はいい年だったのだろう。

OGATAだんなも勤めはすっかりやめて大旅行に出た。いい旅立ったようだ。ICHIKOさんも念願だったお母さんの故郷を半世紀ぶりに訪れ、従兄弟に歓待され、長年の念願を果たしたという。みなさんいい年を過ごしたのだ。

我が家も悪いことは何もなかった。でも世の中がだんだん変な方向に動き、憲法も改悪されそうだし、原発も再稼働しそうだし、パキスタンでは子どもたちが140人も殺されたり、オーストラリアでもイスラム国関連テロがおこったり・・・などなど心配なことが多々起こっている。私が腹を立てても怒ってもどうなるものでもないが、イライラしてきて、体調も不良になる。みなさんをみならって穏やかにいい年を重ねたいものだ。

来年はサンチャゴとまでは行かないが、四国お遍路を完成させようかと思っている。少しはTAGUCHIの心境に近付けるかもしれない。

石切剣箭神社はおもしろい

暗峠を降りてくると河内一宮の枚岡神社にでる。ここま元春日といわれ、奈良の春日神社のもとになったといわれる。本殿は4殿が並列している。向かって右側から第2殿、第1殿、第3殿、第4殿となっている。一番右の第2殿は比米を祭っているのだが、何姫さまだかよくわからない。
しかしまあ一宮だけあってなかなか格式も高くすがすがしい感じのする神社だ。お参りするのは今回で3回目かな。141126ishikiri01

ここから電車で二駅奈良のほうに向かって行くと石切という駅がある。この駅から参道を下がったところに大変おもしろい神社がある。今回は枚岡神社は素通りしてこちらに向かった。石切駅のすぐ先には生駒のトンネルがあるので、かなり海抜高度が高い。河内の町が見下ろせる場所だ。大昔は河内の土地は大きな入江だった。

日本の初代天皇神武は九州から軍勢を率いて大和を目指して進軍してきた。ところがここ大阪の地にやってきたらナガスネヒコに追い散らされ、天皇の兄が殺された。ナガスネヒコは、ニギハヤヒ命という高天原の神を押し立てて戦った。「あれれ、神武天皇は高天原の天照大神の子孫じゃなかったの? なのになぜ高天原のニギハヤヒと戦ったの?」これが大問題。古事記にもでてくる神さまだが、高天原の系図には全く出てこない。141126ishikiri03

もし本当にニギハヤヒが高天原の神なら、それを祀る神社がたくさんあってもおかしくないのだが、ここ石切剣箭神社以外、大きな神社はない。なんとなくあやしい感じの神社だが、けっこうパワーはすごい。一番のパワーは大阪のおばちゃん的なパワーで、ぐちゃぐちゃににぎわっている。「オデキ」の神様というが、多くの人々はいろいろな願いを込めて、拝殿前のお百度石をまわっている。土日などはラッシュアワーの駅のような感じで人々が一方方向に動いている。これは見ごたえがあり、自分もその中に加わりたくなる。141126ishikiri02

ともかくこんな感じの神社は東京付近にはちょっとない。大変興味深い神社だ。たぶんお参りの人はニギハヤヒが何者かは考えていないだろうが、わけのわからないパワーには圧倒される神社であることは確かだ。お参りしたら、何やら大阪的パワーが宿ったような感じになった。

おお地震だ! 震度6だって!

 テレビを見ていたら、地震注意報だっけ?が突然鳴った。お風呂に入っていた奥さんに急いで上がるように言う。我が家では揺れは感じなかったが、長野県の北部ではかなりの揺れがあったようで震度6弱になっている。震度6は、東日本大地震の東京での震度よりもかなり大きい。被害はかなり出るだろうことが予想される。P1040287
 地震規模は小さいが直下型だったので揺れは強くなった。場所は糸魚川静岡構造線という断層群の一角だ。糸魚川静岡線はフォッサマグナと言う巨大な凹地の西側を形成する大断層だ。その凹地には甲府盆地、諏訪湖、松本盆地、大町の仁科三湖が南北に並んでいる。

 この断層群にそって地震が頻発(地球的時間で言う)している。糸魚川静岡構造線を南にたどると南アルプス東端を通っている。先日地平線で話題になったリニア新幹線はこの断層を横断してトンネルが掘られることになっている。ここは地球時間でいえば断層は頻繁に起こる場所だ。時速500キロで走行中に断層が動いたら(実際に1930年東海道線の丹那トンネルの掘削中に北伊豆地震が起こり、トンネルが2.4mずれた)こりゃヒコーキの墜落と同じ状況になる。以下に丹那断層のずれについての記事がある。
http://homepage3.nifty.com/kunihiko/earth/fault/tannna/tanna.htm 

我が山岳会のログハウスは震源地の近くの戸隠高原にある。どうなっているか心配だったが、地元在住の仲間がすぐに行って確認してくれた。以下はその報告。

■ 昨晩の地震による戸隠山荘の被害状況を報告します。
 地震による揺れの方向が東西(玄関とベランダの方向)だったので、キッチンシンクの上にある食器棚の扉が開き、不安定な食器が2,3個落下、破損。テーブル横のグラス用食器棚は被害なし。図書室の本棚からかなりの書籍が落下。石油ストーブは耐震スイッチが作動。1階は他に被害は見当たらず。地下室の乾燥室にあるスキーは倒れていた。水道、電気関係に被害は見当たらず。道路は長野市から七曲を通過して山荘に到着したが、支障なし。(23日午前10時現在の現地報告)

柿の木プロジェクトに参加!

群馬県の渋川にあるHARA MUSEUM ARC のマネージャーのKAMA田さんから、「おもしろいイベントがあるから来てください!」との招待を受けた。前橋の小林さんご夫妻と一緒に参加した。子どもたちが主体のイベントだったので、ちょっと浮いた存在になったが、まあ還暦から数えれば、同じくらいの年だからまあいいか。

1945年8月長崎原爆が落とされた。その爆心地の傍にあった柿の木が奇跡的に1本残った。その柿の木を樹木医の海老沼さんが回復させ、二世の柿の苗木を生み出した。その苗木は日本各地に、さらに世界各地に送られて、子どもたちの平和学習のきっかけに活用されているそうだ。

その苗木の一本がHARA MUSEUM の庭で育っている。この木をテーマにしてアーティストの中島さんが、柿の墨を使って絵を描こうと企画したのが本日のテーマだった。柿の炭は、中島さんが炭焼き窯を使って作成した。その炭を粉にして墨にして絵を描き、それを持って柿の木の周りをあるこうというものだが、本日は雨。そこでゴミ袋のカッパを着て、ぐるぐる回り心霊写真みたいな写真を撮影。

 子どもたちは何のことかよくわからなかったが、面白がっていた。私たちも、「こんな経験はないよね!」と言いながら、長崎に思いをはせ、楽しませて?もらった。これが現代アートというものか?? それについてはよくわからなかったけど。

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皆既月食だ!

本日皆既月食。インターネットではLIVE中継をやっている。岡山の美星天文台からだ。すばらしい。欠け始めは、ビルが邪魔して我が家の3階からは見えないので、LIVE中継をみた。6時50分ほどからは自分で写真をとった。デジカメ。

マニアルシャッターで1/10秒、 6時59分DSCN0142A

シャッタースピード4秒  7時11分DSCN0157S

シャッタースピード5秒  7時44分DSCN0186S

広島 巨岩がゴロゴロ

広島の土石龍災害の映像を見るのは心が痛む。遠くにいて何もできない。しかし近くにいる消防、警察、自衛隊もしばしば作業を中断している様子だ。早く何とかしてほしいと思うが、どうにもならないのだろう。 どうしてこんな人い災害になったのか、さまざまなところで原因追究がなされている。決定的なのはとてつもない大雨、1時間に100mmというのは、誰も経験したことがないほどの雨だろう。

そしてこの地の地質。広島県は島々も含んでほとんどの地域が花崗岩でできている。関東東北の人たちは、あまり白砂青松の海岸を見たことは少ないかもしれない。 瀬戸内海の白砂は、真砂 なのだ。花崗岩は石英、長石、黒雲母などの結晶が地下深くで組み合わさったものだ。石に近寄ってみればすぐにわかる。石英というのはガラスのようで固いので、長石が粘土に変化した後に残る。石英がたくさんある白っぽい砂が真砂である。 この真砂の中には砂鉄がけっこうたくさん含まれている。

昔々出雲の方では、真砂に含まれる砂鉄をとるために山を削って水で流して比重の大きな鉄をより分け、たたら(ふいご)で溶かして製鉄をした。そのため出雲地方の山々は崩れ、木も生えなくなった。たたら製鉄の範囲は広がり、広島県の太田川の上流部分にも大きな製鉄所が造られ、山ははげ山になってきた。 花崗岩は地下深くでできた岩石だから、地表付近の圧力の弱い所に出てくると、崩壊が激しくなる。これが風化である。かたい岩石だが、むき出しになると風香は進む。こんど崩れた場所は、たぶんむかし製鉄がおこなわれ、いったんはげ山になって、風化が進んだ。その真砂土に松が生え、風化層は見えなくなっていたのだろう。

厳島 弥山 頂上の巨岩

厳島 弥山 頂上の巨岩

ところで、土石流の跡をみると、とてつもなく大きな岩がいくつも転がっている。今回の土石流ではこの巨大な岩が、あたりかまわずなぎ倒していったのだろう。ふだんチョロチョロとしか流れていない沢の水ではこんな石は流れない。あの大きな岩を流した水流というのはどんなだったのだろう。 ところで上の写真は広島県の厳島神社の奥社がある弥山(みせん)の頂上である。花崗岩はさいころ型にひびが入ることが多い。この岩の根元が水流で流されると、こんな大きな岩でも転がり落ちる。真砂土だけなら、こんなひどい破壊にはならなかったろうが、ダンプカーの何十倍の岩が襲ってきては、避けることはできない。

恐竜を見に行く!ドクタートミー

恐竜解説の世界では超有名人のドクタートミーが板橋区の教育科学館にやってくるというのを聞いて、孫を連れてお話を聞きに行く。私は数年前にエジプトの西部砂漠に一緒に行き、恐竜発掘の現場を見学させてもらい、さらに世界遺産になったクジラの谷にも行った。ロンドンの大英博物館にも一緒して、いろいろ解説もしてもらった。

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肉食爬虫類研究所の所長さんでもあり、本日陸イグアナを連れての登場だった。このイグアナが会場の手すりの隙間に入って、出てくなくなっていろいろ大騒ぎ。子どもたちはお話よりも、生きたイグアナの方に興味。

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長崎 原爆の日 板橋で平和祈念!

隅田川徘徊から、三田線経由で戻ってきた。板橋区役所駅を出たとろろで11時だった。板橋区役所前には、北村西望 の大きな像がある。 北村西望は長崎の平和祈念像を作った彫刻家で、板橋区役所の完成にあわせて、長崎の祈念像の立ち姿を表した像を作った。長崎と同じような像なので、私は今年はこの像の前で手を合わせ、長崎の鎮魂を祈った。

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家の帰るとテレビで長崎の原爆の日の行事の中継が行われていた。(もしかするとニュースかな?・・ボケが進んで、さっきのことがよくわからない) 安倍総理は広島とは違った挨拶をするかと思ったが、ほぼ同じ。広島では昨年と同じと、非難されたが、こちらも同じだった。総理にとっては広島も長崎もあまり心の中にはないのだろうな。15日に靖国神社に行くのではないかと、心配になった。

板橋の平和祈念像(北村西望作)

 

かさ上げ工事 いつ人が住めるようになるのか?

気仙沼の漁港のかさ上げ工事は完了して、もう水揚げが行われている。朝遅かったせいで、見学に行った時にはもうセリは終わっていたのだろう。静かな雰囲気だったが、完成した魚市場をみると「よかった」という気分になる。

しかし一歩外に出ると、広大な敷地はかさあげ工事の真っ最中。「三陸道工事」と書いたダンプカーが次々と土砂を運んでくる。陸前高田と違って、ベルトコンベアで運べるような山が近くにないので、土砂は三陸道の工事現場の廃棄土砂を持ってくるようだ。
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いくらダンプカーが大きくても、この広大な場所を4m近くかさ上げするのは大変だろう。今の調子だろ、人が住めるようになるのには、まだ数十年はかかりそうだ。土木工事屋さんは持続可能な工事が続くので潤うだろう。しかし三陸の各入り江でこんな工事がなされているが、完成はまだまだ先のことだ。

戻ってくるのは、昔のこの地域の生活を知らない人になってしまうだろう。100%安全ではないけど、例えば鉄筋で8階建てのビルなら、今回の津波にも対処できる。もうちょっと現実的な工事はできなかったのだろうか。・・・当事者にとってはよけいなたわごとだろうが、なんとなくそんな感じがして、心穏やかではなくなった。

気仙沼 港付近 ウミユリ

 前回2012年に来た時には、気仙沼の町には大きな船が打ち上げられ、火事で焼けた跡が各所に残り、がれきが積み上げられていた。これをどうやって処理するのか、と心配したのだが、打ち上げられた船は撤去され、がれきはどこかへ運ばれており、町はすっきりしている。

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 しかし津波に襲われた地域の建造物は撤去され、広大な平野になっている。気仙沼大島の発着する港に、船はたくさんいるのだが待合室ターミナルは撤去され、岸壁から直接乗り込むようになっている。雨の日など大変だろうに。3階建の男山酒造のビルは1,2階が流されて、3階だけが残っていたが、保存されることになったそうだ。

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 私たちは港のすぐ上にある、エレベーター付きのホテルに宿泊した。岩盤の上にあるので地震津波の被害はほとんどなかったが、目の下では大惨事が来ていたばしょだ。周辺のホテルはかなり復活し、多くの宿泊者がいる。このホテルは観光客が多いが、他のホテルは復興工事の人たちが長期滞在しており、繁盛している。

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 手前の岩がごろごろしているところは、昔「一景島」と言われたところ。このホテルがある場所は明治の時代には入り江だったことが分かる。大昔からの陸地ではなく、埋め立てによってできた場所だったのだ。地震が沈んだのは、自然の摂理から言えば、不思議なことではなかったのだろう。
この岩は石灰岩で、近隣の地区は同じ地質だ。先日天皇さまが視察された岩井崎(横綱秀の山の像が立っている)も同じ石灰岩で、ウミユリの化石がたくさん見られる。
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奇跡の一本松 陸前高田

猊鼻渓からは今泉街道を通り、笹の田峠の難所を越える。峠からは室根山がみえる。室根山は気仙沼湾にながれる大川の水源。気仙沼のカキ養殖業の畠山さんは、海と森はつながっている、森がだめになったら海もダメになるとの主張で、水源の室根山に植林を始めた。『森は海の恋人』文春文庫

我が一行は気仙沼ではなく陸前高田に降りて行く。途中の八木澤商店でお醤油、たれ汁を買う。この醤油屋さんは陸前高田で200年以上も醤油屋さんをやってきた。しかし津波はこの店工場を完全に破壊した。しかし社長は1人も解雇せず、再建することを決意した。現在は海から離れた辺鄙な場所だが、そこに本店を移して商売をしている。ここまでお客はやってくるそうだ。我々も醤油を買い求める。140725yagisawa

今泉街道(陸前高田の中心は今泉だった)を陸前高田に降りて行く。大平原のような景色に、近くの山を崩した土砂がベルトコンベアで運ばれている。この大平原をぜんぶかさ上げするようだ。とてつもなく大工事。他の町と違って、ダンプカーではなくコンベアで土砂を何キロも運んでいる。この方式の方が早いし、確実だ。

 前に来た時には、昔の高田松原にただ一本残った奇跡の一本松があった。それも枯れて、現在は金属や樹脂で作ったレプリカが立っているが、ベルトコンベヤの巨大な装置の中にうずもれている感じ。
 それにしても、ものすごい工事だ。ここまでやる必要があるのか・・・よそ者はついよけいなお世話をする。日本列島改造! なんてもんじゃなく、日本列島新設という感じ。山を崩したところにも平地ができる。平地はかさ上げして新しい街ができる。現在は1人もいない。数年後には町が復活しているのだろうか。地元のお人には申し訳ないが、つい心ないことを言ってしまった。
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Lucy in the Sky with  おばあさん!

1月21日(水)

みわ塾の日 「我ら人類の祖先」

■今回は「我ら人類の祖先」というテーマで行った。昔ネアンデルタール人はクロマニヨンの祖先といわれていた。しかしミトコンドリアDNAを使った祖先探しで、直接の関係はないことが分かった。現代人すべての祖先は15万年前にアフリカにいた「ミトコンドリア・イヴばあさん」だという事が分かった。同時代に生きていたはずのネアンデルタール人がすべて滅びてクロマニヨン人がの子孫だけが現在も生きている。

その明暗をわけた原因は「おばあさん」の存在だという松井孝典東大教授の仮説がある。現代人の祖先には子どもを生んだ後も長生きして娘の出産を手助けする「おばあさん」がいた。他の動物にはおばあさんはいない。おばあさんの手助けで女性は多くの子どもを安全に産み育てることができる。これがクロマニヨンの爆発的な人口増加の原因である。

この人口圧力でクロマニヨンは農耕を始めた。さらに食糧をもとめて「グレートジャーニー」を始めた。ベーリング海峡をこえて北米にたどり着いた我々の祖先は、わずか1000年の間に南北アメリカを縦断して南米の端まで到着した。クロマニヨンの人口圧力の前に、ネアンデルタール人は消え去っていくしかなかった。

■おばあさん説はなかなか説得力がある。石原都知事はただちにこの説を引用して「人類で一番の問題はババアの存在だ」と発言した。そんな言葉を使ってはいけない。松井教授は尊敬をこめて「おばあさん」と言っているのに!

■午後の部は24人もの方が参加してくれた。常連の金井シゲさん、藤原さんは海外旅行中なのに。ビートルファンの坂元さんを意識して、アファール猿人ルーシーの場面で「Lucy in the Sky with Diamonds」の曲をパワーポイントに挿入して流してみたが、みなさんそれほど感動してくれなかった。アファール猿人の発掘現場にこの曲が流れていたので、「ルーシー」と名付けられたのだ。

■瀬口さんの説では上の曲名の大文字を並べるとLSDになり、あやしい環境で作られた曲だそうだ。夜間のクラスは、寒い時期なので人数は少ないが、皆さん教養が高くおそわることが多い。今回はモンゴル在住の山本千夏さんも参加。次は6月にモンゴルで会うことにした

大阪で、ランナーズ賞お祝い JT生命誌研究館

1月17日(土)

◆天王寺のビジネスホテルの窓から、雪が降っているのが見える。朝からサウナに入って、身体を十分い暖めてから、四天王寺にいく。聖徳太子がつくった日本で最も古い大寺で、五重塔が美しい。雪のなか、南大門のしたで、熊野権現遙拝石をみつけた。熊野詣での第一歩はここから始まる。ここのところ小森さんの案内で熊野へは何回か出かけているが、この次はここを出発にして、昔の「蟻の熊野詣」の道を歩いてみたい。kumanoyouhai

◆昼は高槻で、姪の夫婦(といっても今週の土曜日が結婚式なのだが)と一緒に食事をする。彼女は自分の父をパパとよび、私を「おとうさん」とよんでいた。実の娘が結婚するような、寂しくうれしい感じがする。

◆高槻にはJTの生命誌研究館がある。前々からぜひ見学したいと思っていた。この館の館長さんは中村桂子さんで、ゲノム研究の世界的な学者さんだ。昨日見た博物館と違って、こちらは本格的だ。オサムシの進化を中心にした展示はなかなかユニークだ。子どもたちにはかなり難しい。しかしこのような本物の研究に接することは、子どもたちの知的刺激には大変よい。ここは大阪大学の大学院にもなっている。

◆高槻から十三にもどって、坂本真理子さんのランナーズ賞受賞の講演会に出席しました。彼女はオーストラリア横断、アメリカ大陸横断、ヨーロッパ縦断を走って成し遂げたスーパーランナーだ。主催する100マイルクラブと共に受賞したので、その仲間の人たちもうれしそうでした。名古屋の岩田くん、八重樫さんら知り合いの人たちにもあえてよかった。楽しい時間になりました。
以上、報告おわり。

sakamoto

神戸大学で、教授先生にあう!

1月16日(金)

◆神戸からもどってきました。久々に神戸大の金澤先生にあって、マングローブの話をちょっとして、昔話に花を咲かせてきました。一体なにをしに来たのかと思われたかも知れませんが、楽しい時間を過ごしました。いつもみなさんに来ていただいて、「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」などと言っているので、時々はこちらから出向かなければと思ったわけです。金澤教授とは中学校高校以来の友人です。ぜひマングローブ見物に行きましょうと、お誘いをしてきました。

もう一人、書道の大家である魚住教授を訪ねたのですが不在。秘書の方にご挨拶をしてきました。神戸大学は六甲の山の斜面にひな壇状に立っているので、一番上の国際文化学部まで行くのは大変です。

◆その後、神戸の「水博物館」に行きました。浄水場に博物館を建てたものですが、ちょっとお粗末で、ほとんどすべての展示物は修理中で動きません。お客は私一人だけでした。帰りは異人館付近をとおり三宮へ。そこから96年に訪れた灘高校の付近に行ってみました。、周りの建物はほとんど地震の爪痕は見られませんでした。表面上は復旧しているように見えるのですが、人々の心の中はまだもとには戻っていないようです。公園では17日の震災の日の追悼の準備がされていました。あの時は、私は何もできなかった。フリーターになったので、今度は何かの手伝いをしなければいけないと思う。といっても地震が再び起こることを期待しているわけではない。

◆夕刻、大阪の天王寺にいき、昔の戸山の教え子である伊藤くんにあい、下関のフグをごちそうになった。教え子に「たかり」に行くというのは、とんでもない。でもうれしいことだ。ごちそうになったから言うわけではないが、子どもと一緒に遊べる立派な先生になりつつある。遊んでいると教育委員会や校長、PTAからにらまれる。しかし教育ではこれが一番大事なことなのだが・・