三渓園へ初もうで!

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本日は夕方、横浜三渓園へ行った。富士山がょっとだけ見え、夕日が沈むまでウロウロしていた。園を出たのは一番最後だったかな。神社でも寺でもないが、三重塔があったので、その門前で一応怪我ないようにお願い。

横浜中華街で夕食をと思ったが、歩き疲れてバスに乗り、横浜駅まで行ってしまったので、駅ビルのレストランの中華で、ちょっとした新年会。横浜から我が家までは東横線、副都心線の直通で戻ることができる。横浜までは近く、安くなった。(湘南ライナーよりも安い)

日の入りを見た後、反対側からオレンジムーンというのが出てきた。手持ちだったので、あまりうまく撮れなかったが、けっこう話題の月だそうだ

 

 

昼はサッカー 上野で忘年会 グーグルデビュー

久々に自分のチームのサッカー試合。本日は東北大OBとの試合。年齢も近いせいもあって穏やかに楽しく試合ができた。15分4回で 0:1 で敗戦。我が方は得点王のKOYASUくんが欠席なので、得点パターンができなかった。でも楽しく本年の試合は終了。おっともうひとつ21日にもある。でもそちは若手中心。私は出席しても参加はムリだな。

そのあと夕方からいつもの御徒町のソバ屋でメンバーの忘年会。今回は山梨から中山さんが出席。google デビューをしたという。何のことかわからなかったが、グーグルのストリートビューに写ったということ。ストリートと言っても日本第二の高山北岳の山頂の道路をちゃんと写しており、その画面に中山さんが映っている。でも顔にはぼかしが入っていた。グーグルの写真を写す人は大きな車につける大きなカメラを背負ってこの山を登っている。それを見つけて中山さんはずっとそのあとをつけていたので写ったらしい。以下のリンクをクリックしてみてください。
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TAGUCHIさんは今年のサンチャゴでコンポスティーラの巡礼で、ほとんどやりたいことは終わったとのこと。残ったお金をはたいて皆さんにごちそうをしてくれた。さらに記念のバッグを配ってくれた。怪我もあったが今年はいい年だったのだろう。

OGATAだんなも勤めはすっかりやめて大旅行に出た。いい旅立ったようだ。ICHIKOさんも念願だったお母さんの故郷を半世紀ぶりに訪れ、従兄弟に歓待され、長年の念願を果たしたという。みなさんいい年を過ごしたのだ。

我が家も悪いことは何もなかった。でも世の中がだんだん変な方向に動き、憲法も改悪されそうだし、原発も再稼働しそうだし、パキスタンでは子どもたちが140人も殺されたり、オーストラリアでもイスラム国関連テロがおこったり・・・などなど心配なことが多々起こっている。私が腹を立てても怒ってもどうなるものでもないが、イライラしてきて、体調も不良になる。みなさんをみならって穏やかにいい年を重ねたいものだ。

来年はサンチャゴとまでは行かないが、四国お遍路を完成させようかと思っている。少しはTAGUCHIの心境に近付けるかもしれない。

また伊予ケ岳 

今日もまた房総の伊予ケ岳に行ってきました。伊予では大雪があって大変だったようですが、こちらの伊予はまたもや快晴のいい天気。本日は6人の方々をムリヤリ引っ張っていきました。でもみなさん満足したみたいです。帰りは富山をこえて福満寺へ下り、「トミー」というバスで岩井の駅まで下り、15時32分発の千葉行きで戻りました。

前回と違っていたのは伊予が岳の上をヒコーキが次々に通って行きました。成田を出たヒコーキか? あるいは羽田に降りるヒコーキなのか?? あとで地図で確かめてみようと思います。写真は伊予が岳の上をとぶヒコーキ。みえないかな?CIMG3316

石切剣箭神社はおもしろい

暗峠を降りてくると河内一宮の枚岡神社にでる。ここま元春日といわれ、奈良の春日神社のもとになったといわれる。本殿は4殿が並列している。向かって右側から第2殿、第1殿、第3殿、第4殿となっている。一番右の第2殿は比米を祭っているのだが、何姫さまだかよくわからない。
しかしまあ一宮だけあってなかなか格式も高くすがすがしい感じのする神社だ。お参りするのは今回で3回目かな。141126ishikiri01

ここから電車で二駅奈良のほうに向かって行くと石切という駅がある。この駅から参道を下がったところに大変おもしろい神社がある。今回は枚岡神社は素通りしてこちらに向かった。石切駅のすぐ先には生駒のトンネルがあるので、かなり海抜高度が高い。河内の町が見下ろせる場所だ。大昔は河内の土地は大きな入江だった。

日本の初代天皇神武は九州から軍勢を率いて大和を目指して進軍してきた。ところがここ大阪の地にやってきたらナガスネヒコに追い散らされ、天皇の兄が殺された。ナガスネヒコは、ニギハヤヒ命という高天原の神を押し立てて戦った。「あれれ、神武天皇は高天原の天照大神の子孫じゃなかったの? なのになぜ高天原のニギハヤヒと戦ったの?」これが大問題。古事記にもでてくる神さまだが、高天原の系図には全く出てこない。141126ishikiri03

もし本当にニギハヤヒが高天原の神なら、それを祀る神社がたくさんあってもおかしくないのだが、ここ石切剣箭神社以外、大きな神社はない。なんとなくあやしい感じの神社だが、けっこうパワーはすごい。一番のパワーは大阪のおばちゃん的なパワーで、ぐちゃぐちゃににぎわっている。「オデキ」の神様というが、多くの人々はいろいろな願いを込めて、拝殿前のお百度石をまわっている。土日などはラッシュアワーの駅のような感じで人々が一方方向に動いている。これは見ごたえがあり、自分もその中に加わりたくなる。141126ishikiri02

ともかくこんな感じの神社は東京付近にはちょっとない。大変興味深い神社だ。たぶんお参りの人はニギハヤヒが何者かは考えていないだろうが、わけのわからないパワーには圧倒される神社であることは確かだ。お参りしたら、何やら大阪的パワーが宿ったような感じになった。

ぶらりバー 呑川の緑道

本日はぶらりバークラブ。都立大駅付近の緑道を行くことにしていた。レジメも作って準備はオーケーだったのだがおばあさんを病院に連れていかなければならないことになった。どうしようかと考えたが、大番頭さんの関根さんが昔このあたりに住んでいたことを思い出し、代理をお願いすることにした。ちょっと悩んでいたのだが、我が仲間には人材は豊富で、いつでも変わってもらえる。これからも困ったらお願いしよう。

本日は緑道を行くのだが、森崎さんがいい地図を作ってくれた。これをみると、昔の川、今の緑道が色分けしてあるので、実によく解る。これはいい。私は色鉛筆で採色してみたのだが、とてもこの凸凹地図にはかなわない。2枚の地図を並べておきます。

都立大学~学芸大学

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サンチャゴ・デ・コンポステーラ巡礼

昨日記したTAGUCHIさんの報告を勝手に採録しておきます。ふだんは「なんてことないよ!」といつもクールな彼女にとっても、今回の巡礼は思い出深いものになったような感じでした。絶対に写真をとらせなかったのにゴールの聖堂の前で記念写真をとっていることでも、感動のゴールだったことが分かります。でもそのゴール写真を入れたら怒るでしょうから、その他の写真にしました。文章も報告書のまま採録。map-camino
 サンチャゴは、スペイン北部にある町。ここにある大聖堂にキリスト十二使徒聖ヤコブの墓があるキリスト教三大聖地。世界中の信者たちがお詣りに来る。カミーノといわれている巡礼道を歩いて着く。カミーノはイギリスからフランスから、ポルトガルからなどいくつかあり、今回歩いたのは「フランスの道」。ピレネー山脈を越えてサンチャゴまでは800K。5月、9月の2回に分けて歩いた。朝起きて、ただただ歩き、巡礼宿で寝て、次の日も朝起きて、ただただ歩く、宿で寝る。もちろん雨天も決行。カミーノは畑の中、草原の中、時々小さな村々を通り、霧の峠道もいくつかあった。一日の歩国距離は25k前後。寝袋、着替えなど旅に必要なものを背負っての旅。ぶどう、オリーブの畑、牛、馬、羊の牧場、ヒマワリ、カボチャの黄色、どこまでも続く麦畑、風に揺れるトウモロコシ、落ちたリンゴを拾い食い、栗もいっぱい落ちていた。生ハム、たこ、いか、ムール貝、赤ワインがうまかった。
 日本の熊野古道、四国遍路、西国巡礼など何度も歩いたが、カミーノ・デ・サンチャゴもたしかに巡礼者の道だった。年間20万人の人たちが歩いているという。歩きながら知り合いになり、友人になり、ゴールのサンチャゴでの感動を分かち合った。事故もなく元気に機嫌よく歩けたことに感謝。En Hora Buena!(おめでとう)
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みわ塾 代表交代

退職後すぐに、大人のための科学塾「みわ塾」と称して12年間やってきました。その間代表者は櫻井さん、番頭さんは関根さんにやってもらっていました。自分でやらなかった理由は、講座をやっている新宿区の榎町地域センターの登録団体になるには、新宿区民でなければいけないという規定があるからです。私は最初、榎町のすぐ脇の高校に勤務していたので、新宿区民扱いをしてもらっていたのですが、退職後には認めてもらえず、新宿在住の皆さんにやってもらっていました。

しかし12年もたつとみなさん高齢化してきたので、若い人に交代してもらおうと思っていました。丁度その時に、榎町センターのすぐそばに住む、卒業生に出あいました。みわ塾や地平線会議の状況もよく解っている人なので、お願いしたら・・・・もちろんタダではお願いできない!神楽坂のインド料理「想いの木」というレストランでランチをごちそうしました・・・・快く引き受けてくれました。ということで来年度から代表交代ということになりました。菊谷さんです。よろしく。

京都のエスカレーター 東京化している

奥さまの舞囃子の音合わせ?のために大阪の香里園の能楽堂にお供した。囃子方の方々と謡の方々との打ち合わせとのこと。音楽でいえばオーケストラとの音合わせみたいなものかな? 舞囃子などには音符はないので、素人は打ち合わせがないととても進行はできない。もちろんプロの方々はあうんの呼吸でピタッとあわせることはできるのだが。

私はビデオ係り。本日申し合わせで注意されたことを記録し、10月5日の本番に備えるためにちゃんと取っておかなければならない。他の皆さんもしっかりビデオを撮っている。でも専属のビデオ係りを連れているのは我が家だけ。ビデオの公開は本番が終わってからにします。

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ビデオ以外は私はヒマなのでいろいろうろうろしてみる。今回は初めて京阪電車に乗ることができた。京都から丹波橋で乗り換え。ここでお昼を食べようと思ったが、周りにまったく店もない。ただの乗り換え駅だった。東京周辺だと乗り換え駅は人の波で、レストラン喫茶店も多  いが、京都付近は人口も少ないのだろう。でも雰囲気はいい。

140929kouri1ヒマなので気がついたが、京都駅のエスカレーター、もう東京化されている。今までは皆さん右側に乗って左側は急ぐ人にあけていた。東京とは真反対だった。しかし本日見たところ完全に左側にのって右側をあけている(東京化されている)。・・・・京都駅の写真。わざとぼかしてある。

 

もう一つは大阪の香里駅、ここは大阪で、おばちゃんたち(3人しかいないが)は右乗り左空けだ。

唐木田から高尾山に向かった!

kaiho0039月の第3水曜日は、海宝サーキット教室は町田市の小山田公園で少し走って体を動かし、西野建設の事務所で「ほにゃらかうどん」をいただくというのがここ数年の定番だ。今年は唐木田駅から、西野建設まで走って行こうかと思っていたが、駅までお迎えの車が来たので、走行距離はほんの100mぐらいだった。

こりゃいかん! と思い、海宝さんのうったうどんをいただいたあと、皆さんはまだ宴会が盛り上がっていた最中に、皆さんと分kaiho004kaiho001かれて高尾山に向かった。小山田からは鶴見川の源流の泉を見ながら南大沢駅方面にむかった。海宝さんの勧めでついビールを飲んでいたので、トイレに行きたくてしょうがなかった。源流脇にバイオトイレがあったので助かった。体が軽くなって多摩の尾根幹線道路にでて、戦車道に上がった。たぶん西野建設からは3キロぐらいだろう。

kaiho005kaiho006尾根緑道と書いてあるが、地元では戦車道と呼ばれる道を行く。木製のチップを敷いた道は、裏がすり減った靴でもクッションがあって、膝にはまったく響かない。こんな道ならいくらでも走れそうだ。しばらく行くと、数年前に体操をやっていた展望所にでる。kaiho007kaiho008さらに行くと給水塔が見える。ここも何回か走ったなあ。多摩美大の脇を抜けると国道16号にでる。道路の向こう側は多摩丘陵。登り口がよくわからないが、すこし相原方面に下ったところに急坂がある。

kaiho010kaiho011住宅街をどんどん登っていくと、尾根道にでて、16号バイパスを越える。その先に大きな鉄塔があるのだが、今回はここで道を間違えた。本来は鉄塔の下を行き、造形大の脇を通り、家政学院大学の脇のジェラード屋に出るのだが、今回は道がどんどん細kaiho012くなって、最後は日本閣の近くに出た。明らかに間違っていることは分っていたが、地図がないので、仕方なく大きな道に出た。東京工科大学の前を過ぎ、昔よくとおった御殿峠に出た。ここにバス停があったので、仕方なく乗ってしまった。片倉高校をとおって京王線の片倉駅から電車に乗った。走行距離はせいぜい12キロ、時間は2時間半ぐらいかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぶらリバー 井草川探索 午後大雨!

昨日は錦織選手がテニスの全米オープンで準優勝だった。試合前は準決勝でランキング1位のジョコビッチ選手を破ったのだから、優勝間違いなしなどと言われていた。錦織は準決勝で4時間を越える接戦を戦った。しかし相手のチリッチ先週はフェデラーをストレートで破って決勝に進出した。勢いはチリッチの方にあった。残念だけど、冷静に見れば決勝の結果は予想できたろう。

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ところで本日は「ぶらリバー」の秋講座のはじまり。西荻窪駅に集合。本日は大人数だった。ハラさん宅に居候のフランス人のお兄さんも参加。前回の隅田川ではカナダ人の土壌学者さんが参加と、ぶらりばも国際的になってきた。ニコタマのかっちゃんやエビスさん、ちっちご夫妻も参加。うるさ型のTさんがスペインの巡礼に行って、いないことを知って集まってきたのかもしれない。さらにさんちゃんの旦那は会社をサボって井草八幡から走って追いかけてきた。終点の近くでやっと追い付いたけど、涼しいのに汗だくだった。

写真:上は井草八幡の灯篭(超巨大)と下は狛犬(なんとなくさびしそう)
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井荻の駅前の環八通りまで、旧井草川の流路を楽しくたどりながらやってきたが、杉並工業高校のところで、流路は途絶えた。学校の校庭がもとの川底だった。100mmを越すような大雨が降ったら、きっと校庭は水浸しになるだろうな。

井荻の駅前に近づいてきたところで、ビニール傘が植え込みの中に捨ててあった。もしかすると雨かもしれないので、私が拾った。オリーブさんが、恨めしそうに見ていたが、「私の方が先に見つけたもんね!」 ほんの5分もしないうちに雨がぽつんぽつんと降り出した。高架橋の下で解散。オリーブさんは大急ぎで荻窪行きのバスに駆け出して間にあった。私はさんちゃん旦那と荻窪まで歩こうか!と10歩ほど行ったが、どしゃ! という大雨が降ってきたので、井荻駅に戻る。高田馬場に行く途中は、まさに豪雨。東京にもいよいよ豪雨がやってきたか!

歯が欠けた!カップの耳も欠けた!

 下の前歯が欠けた。急いで池袋の歯医者さんに行った。「年だもんな、欠けるのもしょうがないよ!」とのこと。麻酔をして神経を抜いて、欠けた部分を補修してもらった。まだ口の中がマヒして動かない。今日は夕食は抜きかな?? 確かに年をとると、体中のあちこちにガタがくる。まあしょうがないな。

 昼間、お茶碗を洗っていたら、コーヒーカップの耳がポロっと欠けた。奥さまのお気に入りなので、見つからないように瞬間接着剤でくっつけた。うまくくっついたが、小さなかけらが見つからず、ちょっと穴があいている。見つかりそうだな。

 昨日西荻窪を歩いていると、トルコタイルのお店を見つけた。いいタイルなので、ぜひ買いたいと思ったが、買わなくて良かった。今の私だとすぐに壊してしまいそう。でもなかなか良かった。でもけっこう高いな!140909turk decor

井草川・化石川 岩石が並んでた!

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10日にぶらリバークラブがあるので、その下見に井草川を歩いてみた。もとい!病み上がりなので、ちょっと楽して自転車で通ってみた。我が家から千川通りをとおって、井荻駅へ。そこからさらに西荻窪まで行った。西荻窪がぶらリバー探索隊のスタート地点だからだ。
 
そのコースは10日に行くし、ぶらリバークラブのブログに入れてある。http://blog.sakura.ne.jp/cms/article/edit/input?id=103373992
井草川・化石川はけっこう面白い場所だ。さらに100mm/時間 の雨が降ったら、浸水する場所ははっきりわかる単純地形だった。

井荻駅で解散なのだが、その先井草化石川は暗渠のまま続いており、妙正寺池で、妙正寺川に合流している。今回は自転車なのでいくらでも行くことができる。その途中に、石の公園があった。これはなかなかいい。いままでいろんな公園を見たが、石だけを解説したのは全くなかった。さすが杉並区は格調が高い??「石の展示をしたらなんで格調が高いのか?」と言われそうだが、私の地域の文化度の高さ基準は良いランニングコースがあるか、環境問題に配慮があるかどうかだ。環境問題のうちで岩石に注目したのは良い。

大昔私は英国のアバディーンという町に行った。そこの町では子どもたちでもOld Red Sandstone(旧赤色砂岩)などと言っていた。さすが世界の石の町だが、そこの人たちの教養深さ、石だけではなく地史など日本ではだれも話題にしない事項を日常的に話している教養に驚いた。しかし北海油田の町になってからは、お金の話が多くなったとアバディーンを訪問した人に聞いたが。それはそれ、日本でも少しぐらい石の話で盛り上がってもいいじゃないかと思うのだが。・・・・広島の土砂崩れ以来、花崗岩とか真砂土などの言葉が行きかうようになっているよ! とお指摘あり

広島 巨岩がゴロゴロ

広島の土石龍災害の映像を見るのは心が痛む。遠くにいて何もできない。しかし近くにいる消防、警察、自衛隊もしばしば作業を中断している様子だ。早く何とかしてほしいと思うが、どうにもならないのだろう。 どうしてこんな人い災害になったのか、さまざまなところで原因追究がなされている。決定的なのはとてつもない大雨、1時間に100mmというのは、誰も経験したことがないほどの雨だろう。

そしてこの地の地質。広島県は島々も含んでほとんどの地域が花崗岩でできている。関東東北の人たちは、あまり白砂青松の海岸を見たことは少ないかもしれない。 瀬戸内海の白砂は、真砂 なのだ。花崗岩は石英、長石、黒雲母などの結晶が地下深くで組み合わさったものだ。石に近寄ってみればすぐにわかる。石英というのはガラスのようで固いので、長石が粘土に変化した後に残る。石英がたくさんある白っぽい砂が真砂である。 この真砂の中には砂鉄がけっこうたくさん含まれている。

昔々出雲の方では、真砂に含まれる砂鉄をとるために山を削って水で流して比重の大きな鉄をより分け、たたら(ふいご)で溶かして製鉄をした。そのため出雲地方の山々は崩れ、木も生えなくなった。たたら製鉄の範囲は広がり、広島県の太田川の上流部分にも大きな製鉄所が造られ、山ははげ山になってきた。 花崗岩は地下深くでできた岩石だから、地表付近の圧力の弱い所に出てくると、崩壊が激しくなる。これが風化である。かたい岩石だが、むき出しになると風香は進む。こんど崩れた場所は、たぶんむかし製鉄がおこなわれ、いったんはげ山になって、風化が進んだ。その真砂土に松が生え、風化層は見えなくなっていたのだろう。

厳島 弥山 頂上の巨岩

厳島 弥山 頂上の巨岩

ところで、土石流の跡をみると、とてつもなく大きな岩がいくつも転がっている。今回の土石流ではこの巨大な岩が、あたりかまわずなぎ倒していったのだろう。ふだんチョロチョロとしか流れていない沢の水ではこんな石は流れない。あの大きな岩を流した水流というのはどんなだったのだろう。 ところで上の写真は広島県の厳島神社の奥社がある弥山(みせん)の頂上である。花崗岩はさいころ型にひびが入ることが多い。この岩の根元が水流で流されると、こんな大きな岩でも転がり落ちる。真砂土だけなら、こんなひどい破壊にはならなかったろうが、ダンプカーの何十倍の岩が襲ってきては、避けることはできない。

FCバルセロナのTシャツ・パンツ

毎月第3水曜日は海宝サーキット塾の日。海宝さんの調子がちょっとおかしかった。暑い日だったが原因はそれだけではない。久々に天敵のTAGUCHIさんが参加。いつもは快調なしゃべりだが、TAGUCHIさんが来ると、緊張して調子が出ない。海宝さんにもかなわない人がいると言うのはちょっと楽しい。

TAGUCHIさんは先日スペインのサンチャゴへの巡礼に行ってきた。そのお土産にFCバルセロナのユニフォームを買ってきてくれた。かのメッシ、ネイマール、噛みつきソアレスのいる世界最強のサッカーチームだ。このユニフォームは日本ではお宝。ありがと140820FCバルセロナうございました!

長崎 原爆の日 板橋で平和祈念!

隅田川徘徊から、三田線経由で戻ってきた。板橋区役所駅を出たとろろで11時だった。板橋区役所前には、北村西望 の大きな像がある。 北村西望は長崎の平和祈念像を作った彫刻家で、板橋区役所の完成にあわせて、長崎の祈念像の立ち姿を表した像を作った。長崎と同じような像なので、私は今年はこの像の前で手を合わせ、長崎の鎮魂を祈った。

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家の帰るとテレビで長崎の原爆の日の行事の中継が行われていた。(もしかするとニュースかな?・・ボケが進んで、さっきのことがよくわからない) 安倍総理は広島とは違った挨拶をするかと思ったが、ほぼ同じ。広島では昨年と同じと、非難されたが、こちらも同じだった。総理にとっては広島も長崎もあまり心の中にはないのだろうな。15日に靖国神社に行くのではないかと、心配になった。

板橋の平和祈念像(北村西望作)