遠江国府八幡国分寺


都に近い湖(琵琶湖)があるのが近江国、遠くにあるのが遠江国である。今の時代浜名湖岸の中心街は浜松だが、昔奈良の時代には今の磐田市に国府があった。国府位置は確定していないが時代とともに移動した。最初の国庁は磐田駅南口にあったらしい。21年夏の暑い日、磐田駅の国府から市役所脇の国分寺を通り、旧東海道の見附宿の総社まで歩いた。往復5キロほどだが汗だくになった。30年前東海道遠足の時は正月、寒さに震えながら通った道だと思い出した。

国府(御殿遺跡)
磐田駅には写真のようなモニュメントがある。天平の時代をイメージしたものらしい。北口の大通りは「天平通り」とあった。防人は遠江よりも東の国から徴用された人々。遠江の住人は妻との別れもできないほど急にこの国府から九州へ旅立った。この遺跡の一部分に国府の建物、国衙があったようだ。

国府の鎮護神社
府八幡宮:どこにも総社との記述はないが「府」は国府を示している。宮司に聞くとここに国府があったという。八幡宮は国司の桜井王が勧請したものとの記述がある。道路を挟んだ市役所側に国分寺と国分尼寺が南北に並んでいた。場所的にはこの辺り(国府台)に国府があったようだ。

総社(平安時代以降)
淡海国玉神社:遠江にあるがなぜか淡海(近江)である。東海道の見附宿の見附学校の隣にある。総社にしては規模が小さい。しかし「はだか祭」では矢奈比売神社(見附天神)の神輿が淡海国玉神社へ渡御するし、「祇園祭」では天御子神社(三ノ宮)から神輿が渡御する重要な神社である。狛ウサギがいた。まだ新しい。

国分寺 国分尼寺

 

 

 

 

国分寺には七重の塔があった。その想像模型が磐田駅に展示されている。立派なものである。 上の写真は国分尼寺があった場所に建つ磐田高校、裏手に発掘跡がある。

 

遠江一宮(小國神社)
遠州森の石松のの故郷にあり、国府からは遠い。天竜浜名湖鉄道の森駅から4キロほど。暑い中歩いたことがある。今回は行かなかったが、写真を入れておきます。

遠江一宮:事任(ことのまま)八幡宮
東海道の宇津ノ谷峠(蔦の細道)に上がる手前にある。磐田からは遠い。なぜ一宮が二か所あるかのか??