我が家の暖房事情

明日あたりから寒波がやって来るそうだ。そろそろ寒さ準備をはじめなければいけない。例年はまず車のスタッドレスタイヤの交換をしていた。数年前23日の祝日に戸隠高原にいき、雪に閉じ込められた経験があるので、11月連休はスタッドレスの交換日にしていた。しかし4月に車をなくしたので、その仕事はなくなった。

もう一つは灯油の備蓄。一昨年から車いすを使って18リットルを2本、ガソリンスタンドで買ってくる。昨年の今頃は1400円ぐらいしたが、今年は1170円。だいぶ安い。原油安の影響なのだろうが、我が家には関係ないと思ていたが、ここで関係が出てきた。国際情勢を肌で感じる瞬間だった。

我が家には一応エアコンはあるのだが、これは冷房に使うだけで暖房に使ったことはない。なぜなら電気料金は高いし、環境に悪いからだ。温めるだけだったら、石油を燃やすのが一番効率はいい。いったん電気に変えて、それを運んできてヒーターを使って暖ためるには何段階でエネルギーロスが出る。それを考えたら単純に燃やすのが一番効率はいい。本当はまきストーブが効率も、環境にもいいのだが、残念ながら我が家では無理だ。

紅葉見物 日比谷公園

郊外に行かなくても都心で紅葉見物できる。先週11日に日比谷公園に行った時は、紅葉真っ盛りにもう一息というところだった。多分今日あたりが一番いいだろうと思って出かけた。テレビでは来週あたりが真っ盛りと言っていたが、わたし的には本日が一番良かったと思うことにした。ahibiya01 ahibiya02おまけ、東京駅ahibiya-tokyo

小さな五重塔 ぶらりバー

161105gojunotoぶらりバークラブの第12回散歩。今回は赤羽橋から神明坂を上りオーストラリア大使館脇から三井倶楽部をとおり、「綱の手引き坂」というなんだかわからない坂をちょっとくだり、「綱坂」へ入って。慶應大学の裏口から構内へ入ってみた。大学は高台にあるが正門はかなり下がったところにある。目の前は「慶應坂」で国道一号線が遠ている。国道一号線は五反田に伸びているが、なぜだか「にこく」と呼ばれている。「いちこく」は品川駅の脇を通る、箱根駅伝のコースだ。でもそちらは国道15号線だけど。よくわからん。 続きを読む

都区内のトンネル

昨日のブラリバークラブの峠道散策で、愛宕山トンネルは都区内唯一の人も通れるトンネルだと言ったら、SEKINEさんに「そんなことない!」と言われた。そういえば青山墓地の付近にトンネルがあったなあ!と思いだした。ということで確認に行ってみた。暇なもんで。まず愛宕山トンネル。atago02 続きを読む

御杖神社 みつえちゃん!

奈良県の伊勢本街道沿いの御杖村に御杖神社がある。御杖とかいて「みつえ」と読む。大和にいた天照大神は諸処の理由でそこには居られなくなって旅に出るのだが、その時の案内役を「御杖先」という。最後にやまと姫は御杖先として、伊勢に案内してそこに落ち着くことになる。ヤマト姫は斎王として近くに斎宮をつくり天照大神をお祀りした。斎王は皇女が務めることになっていたが、その制度は南北朝時代(14世紀)に途絶えてしまった。しかし2013年の伊勢遷宮では皇女の黒田清子さんが斎王を務めた。16103mitue001 続きを読む

日永の新幹線!

三重県の四日市からわずか5.7㎞の鉄道がある。「四日市あすなろう鉄道」と呼ばれる。線路の幅は762mm の軽便鉄道規格で、JR線の1067mmの狭軌規格よりもかなり狭い。元は近鉄の路線だったが、2015年から公有民営会社となり営業が開始された。161004utube12 続きを読む

箱根甘酒茶屋から三島大社へ

160904amazake01東海道旅再開、元箱根からバスで甘酒茶屋に降りる。本当は湯本の三枚橋から畑宿を通って上がってくるのだが、今回は甘酒を飲むためだけに下がった。畑宿から箱根関所までの中間に茶屋が何軒もあったそうだが、周りには人家はない。現在はここ一軒だけだが、けっこう繁盛している。昔の風情が残っているからかもしれない。ほんのちょっとだけ昔の東海道を歩く。箱根の石畳は往来が激しかったせいで石は丸みを帯びているので滑りやすく歩きにくい。

160904hiroshige-misima再び箱根町にもどり駅伝博物館を見てバスで三島に降りる。この道も何回も通った道だ。今回箱根フリー切符を買ったので何回でもバスの乗り降りができる。海賊船も乗れる。三島へ下る国道はものすごいヘアピンカーブが続くが石畳道はほぼまっすぐなので距離は短い。途中山中城がある。けっこういいお城跡なのだが、見物人はいない。しばらく下がると大吊橋という名所がある。最近できたものらしいが観光バス送る人気スポットらしい。日本一のつり橋。三島や沼津の町、さらに海が見える絶景が楽しめる、らしい。

160904mishima01三島大社の前は何回も通ったが、中に入るのは初めて。立派な社だ。大社というのは官幣大社から来たもので、出雲大社とは直接関係ないかな? でも祭神は大山祇の神と事代主神だ。事代主命は大国主命の子どもだから出雲大社との関係はあるかな。本殿は流造だが、千木と鰹木はまさに出雲大社と同じで天を衝く格好だ。なかなか素晴らしい神社だった。お参りできたことありがたく感じて再び箱根に戻り、湯本まで降りて小田急で東京へ。

 

箱根 大涌谷 噴煙

CIMG5359S  大涌谷は今年初め噴火が起こり立ち入りは規制されていた。しかし今は解除されたのでロープウェーも動いており、行くことができる。前に来たのはいつだったか覚えていないが、確か黒卵を作っている噴出孔のそばまで行ったことがあるような気がする。いまは黒卵を運ぶロープウェイーは動いていない。

最近はやりのジオパークに指定されたので、一段と観光客も集まっているが、肝心の展示館には誰もいない。そこにはわが師の町田洋先生の名前が、箱根ジオパークの先駆者として上がっていた。箱根火山の火山灰を分析して富士箱根の噴火の編年をした学者さんだ。学生時代私は先生の車を運転して案内したものだ。そのまま運転を続けていれば、私も研究者の一員になれたかもしれないが、先生は自分で免許をとって動き回れるようになったので、私はお払い箱になった。いまから半世紀も前の話だ。

噴出孔はまだかなりの噴気を上げている。まあ昔からこんなものだった。しかしいつ噴火するかは、御岳山の爆発を見れば、誰にもわからない。もしかすると噴火するかもしれない。その時にはあきらめるしかないという覚悟を持って見学に来た方がいい。絶対安全ですよ! などと宣伝してはいけないだろう。動画を添付したがうまくみられるのだろうか。

佐倉の国立歴史博物館

160826sakura1 佐倉の国立歴史博物館に行ってきました。4枚もチケットをいただいたので、そりゃ行かなければ! ということで暑い中、散歩をかねて京成の佐倉駅から歩きました。何年かぶりでしたが、こういう施設は文化国家には必要です。夏休み中なので子どもたちが大勢いるかと思っていましたが、圧倒的にジジババです。ジイさんバアさんは勉強が好きですね。 続きを読む

津軽200kmのレース

福島のWATANABE 哲君からのメール!

・・・三輪さん、連休は舘山さんの津軽200km走ってきましたよ。30時間4分で20位でした。天気は雲り~小雨だったのですが、かなり蒸し暑かったです。前半ハイペースだったため後半はかなりバテてしまい、ラスト50kmは殆ど歩きでした。でも岩木山~白神山地~十三湖と自然満載のコースは気持ち良かったですよ。また来年も行こうと思います。取り急ぎのご報告でした。・・・

バイクで走っても200㎞はきついのに、走って行ったとはすごい。私も昔はサクラ道(名古屋から金沢250km)を2回も走ったことがあるが、それは今は夢のまた夢。76歳鳥越俊太郎さんにあやかって、私も再起しなけりゃ!

でも2キロ走るのがやっとかも。永六輔さん、大橋巨泉さんも亡くなった。いよいよ我ら世代も末期状態に入ったな。

若狭で考えた! 神功皇后

我らの親の時代「三韓征伐」をした「神功皇后」は日本の英雄だった。明治初期、すべてのお札の肖像画は神功皇后だった。日本の朝鮮支配の根拠は神功皇后の業績にあった。明治以前、彼女は初代女王卑弥呼であるとも信じられていた。武運の神である八幡神(第15代応神天皇)の母親であることから武士や軍隊からも支持され、第2次大戦前まではスーパーヒロインであった。

しかし第2次大戦後、歴史書とされていた古事記・日本書紀は抹殺され神功皇后も卑弥呼も教科書から消えていった。朝鮮の歴史に朝鮮全土を古代日本が征服したという記録もない。子どもは15か月もお腹の中にいたとか、夫の仲哀天皇を殺してしまったとか疑惑が多く出て、実在人物ではないとされてしまった。今は年配の人に聞いても「だれ?その人?」という感じだ。でも私は神功皇后=卑弥呼という日本書紀の記述がどうにも気になる。

話を古事記に戻す。

ヤマトタケルの次男、仲哀天皇(第14代)は北九州の香椎宮にいた。なぜ天皇自らがここにいたのか不思議だ。神功皇后が神がかりになって天皇に「朝鮮を征服するように!」と伝えた。しかし仲哀天皇は無視して琴を弾いた。お付きの武内宿禰が天皇の様子を見に行くと、琴が鳴りやみ、天皇は亡くなっていた。神功皇后は自らが武装して朝鮮に向かう。住吉のかみさまは魚に命じて皇后の舟を一気に朝鮮に運ばせた。さらに波は内陸まで侵入した。驚いた新羅の王は日本に従うことを了承し、百済も高句麗もみなそれに倣った。これが三韓征伐である。

三韓を支配下におさめた神功皇后は、臨月のお腹に石を巻いて、生まれるのを遅らせ、凱旋後の北九州の宇美で子どもを産む。この子がのちの応神天皇である。普通に考えたら、朝鮮遠征中に授かった子どもだろうが、それじゃ我が子を天皇にする根拠がなくなる。きっと遠征前に授かったよう帳尻り合わせをしたのだろう。私はどうも武内宿禰という腹心の部下が怪しいと考えるが、それはゲスのかんぐりというものだ。

さて神功皇后は留守にしていた大和へ帰還することになったが、そこでは天皇のいないのに乗じて権力争いが起こっていた。皇后は一計を案じて「子どもは亡くなったので棺を持って帰る」と宣言して、瀬戸内海を渡って浪速に向かった。待ち伏せをしていた忍熊王との間で激しい攻防が行われた。皇后軍の将軍、武内宿根は相手を琵琶湖まで追いやる。忍熊王は湖に身を投げた。

神功皇后は大和に入って天皇家の政権を復活する。この時に天皇、当時としては大王になったとする説があるが、詳しくはどこにも記していない。武内宿禰は、亡くなったとされる御子をつれて若狭へ行き、仮宮殿をたてる。そこに気比神社の神が出てきて、名前を変えようという。

もしかすると本当に亡くなり、棺だけだったのではないか。だからどうしても代理人が必要だった。その代理人の名前は「イザサ和気大神」で、気比神社の神さまと交換したことにしたのだろう。もとの御子の名前がどこにもないのは、もともといなかったからではないか??

気比神社での名前の交換! なんの意味か分からなかったが、なんとかつじつまの合う話になってきた。旅の途中、時々立ち止まって考えてみる…現地集中思考は大事だ。これからは少しゆっくり休み休み歩いてみよう。

 

 

「志摩という国」が送られてきた!

6月1日のブログに書いたが、G7志摩サミットで公式お土産になったアーティストブック「志摩という国」が送られてきた。宮本常一さんの「志摩という国」の文章を中心にテザイナーがちぎり絵的手法でこしらえた本である。その本の中に、私も登場する。大昔、志摩の博物館を作る手伝いをしたが、その時に作った小冊子に書いた文章が英語にも訳されてのったのだ。これがオバマさんはじめ9人の参加者にも手渡されたという。大変な感激だ。

ふつうの本とは違うなぁ。順番に写真で示しておきます。値段は10,800円!サミットを行った志摩のホテルで売るそうです。aDSCN5049箱入りだaDSCN5051わが文章:英語訳ページaDSCN5055原文のページaDSCN5064aDSCN5066

ねこの手 モモの摘果

今年はお花見時期に山梨の一宮のモモ畑に行くことができなかった。摘花の手伝いはできなかったが、本日は摘果に行ってきた。熊本地震の手伝いにはいけない分、山梨で手伝いをしよう。モモの実は梅の実と同じぐらいの大きさになている。一本の枝にびっしり付いているが、それを全部育てることはできないので、間引いていく。エリート教育みたいなものだ。 続きを読む

築地市場も間もなく移転!

5月7日にはぶらリバーくらぶのお散歩がある。ここのところ下見をせずに出たとこ勝負だったが今回は少し時間があったので急いで下見に行った。でも全部歩くことはできないのでもうすぐ移転する築地市場を見て回った。いつもは晴海通りから行くのだが、今回は采女橋から行ってみたところ、青果問屋さんの定松さんの前にでた。「おおーここは私のサッカーのお友達のお店」こんな大きなお店とは思わなかった。残念ながらお友達は外出中だったが、いつもベンツに乗ってサッカーに来るわけだ。。BCIMG3677

ここから連休で賑わう場外市場を抜けて、海幸橋脇の波除神社(TA口さんの馴染みの神社)にお参りして市場に入ってみる。外国人がかなり見学に来ている。もうこの時間セリはやっていないので閑散としている。セリ時間は見学は制限されているが、まああたりまえだよ。買い物はできないの、場外市場にあれだけいた中国人観光客は、ここでは全くいない。BCIMG3692

見学の後は築地川のあとをたどる。ほとんど建物が建っている。川跡の地盤は悪い。地震の時には一番先に倒れるよ。いいのかな?? 晴海通りをわたると築地川は駐車場になり、脇に遊歩道があり、それをたどると聖路加大学脇に出る。芥川龍之介の碑が建っていた。隅田川沿いに出て佃大橋を渡って佃島に行くのが予定コースだが、疲れたので新富町から戻る。入船橋の下の川は埋め立てられ運動場になっている。でも雨が降ったら大変そうだ。BCIMG3695

東京でまだお花見!

高尾に多摩森林科学園がある。広大な園内には日本中のサクラが移植されている。そのために2月末から5月まで様々な桜が楽しめる。ソメイヨシノはとっくに散ってしまったが、今はサトザクラが満開。本日はここで毎年サクラの写真展をやっている寺澤秀治さんに参加いただいて、いろいろ説明していただいた。寺澤さんは昔私が勤めていた清瀬高校の出身。当然私が教えていたと思っていたら、私が去った後に入学したそうだ。ずっと私の教え子だと思っていたがいつまちがえたのだろうか。

本日は現役清瀬高校の生物の先生も見えていて、レベルの高いお花見になった。「今日は二人の講師がいて、すばらしい会だったね!」との評価。私も講師の一人なのだが、数に入っていなかったみたい。ちょっとひがみながらも、関山、うこんなどのサトザクラ、それから匂いが強いサクラなど堪能する。さらに写真にあるような猫の尻尾みたいなのも桜だそうだ。知らなかった。やっぱり先達はあらまほし! ウワズミザクラだそうだ。(直ちに訂正が来た…ウワミズザクラ「上溝桜」でした)

おじさんたちはバスで新宿まで帰ろうという。でも後1時間待たなければ八王子行きが来ない。さらにそれから何時間かかるのか? つきあいきれないで駅へ行くと、なんとおじさんたちも待ちきれなくなって、結局京王線で戻る。

かわいらしいでしょう。なんという名前だっけ?

かわいらしいでしょう。なんという名前だっけ?

ウコンサクラ。黄緑色!

ウコンサクラ。黄緑色!

本日の講師。寺澤さん!

本日の講師。寺澤さん!

これも桜だって!ウワミズザクラ!

これも桜だって!ウワミズザクラ!

もうサクラは見あきたよ!バスでかえろう!

もうサクラは見あきたよ!バスでかえろう!