読書チャレンジ:7日目 「高校数学と仲直り」

 テレビでは連日「80%接触削減」と繰り返している。新宿や東京駅の風景が写り「昨年よりも81%も減りました」などと報道している。数値を見せられると根拠がありそうだが、電車の乗降客が80%減ればいいのか?よくわからない。小池都知事は「三つの密」を避けると指示している。しかし三密にならなければいいと曲解して地方の神社詣でする人もいる。「STAY HOME」の標語のとおり家で犬を抱っこしてコーヒーを飲んでいればいいと理解した人もいる。

 日本ではほとんどの人がなんとなく理解して外出を控えているが、国によっては暴動が起きたり、何万人もの人が亡くなっても経済活動再開のデモをやっている状況がテレビに映し出されている。消毒薬を注射すればいいだろうなどとんでもないことを言う指導者もいる。指導者は科学的、論理的に説明しなければ、納得させられない。論理的でなければ、いくら繰り返し丁寧に説明してもただの詭弁にしかならない。

とはいえ反論するだけの科学的、論理的思考が私にないのが悔しい。そこで何かいい参考書がないかと書棚を眺めていてこの本を発見した。「論理と統計でディベートに勝つ」という章があった。2005年の出版だから新型コロナのことはないが、小泉首相のイラク特措法の論議の破綻など数学的な見方で説明されている。いまの高校数学は確率統計を駆使して社会との関係を深めている、と私は理解した。私の時代、算数の続きのような高校数学だったが、若い指導者たちは高校数学を学んできているはず。論理的に考えることができるはずだ。

オーバーシュートの説明で専門家は一見グラフに見えるイラストを見せて解説していた。普通の人はついグラフだと思い、急激な増加予測に驚いた。しかし専門家はイラストを使って説明と言っていた。この図は横軸にグラフでは一番大事な時間の長さが表されていない。時間軸を正しくとれば、感染者数を抑えることで長期戦になることはすぐわかる。しかしオリンピック関係者は急激な感染を抑えれば4月には終息できると考えた。それに忖度した厚労省はPCR検査数を抑えて、感染者数が少ないように見せた。オリンピックが延期になり、それから対策を始めたが、後手後手に回ったことは周知のことである。

科学的論理的に考え行動を起こさないと、とんでもないことになる。今は非常事態宣言を解除するかが問われている。専門家が示すグラフを見れば終息に向かっていることはわかっているが、まだ1か月延長する方向だという。子どもたちのために早く学校を開かなければ、将来に禍根を残すことになる。中小企業はつぶれるよ。国の指導者は、専門家の話を理解できるような教養を持たなければいけない。
「高校数学仲直りブック」でちょっとだけ学んだけだが、指導者の教養のなさは国の命取りになると思った。これからの時代、指導者も含め理科嫌い、数学嫌いではいられない社会にならなければいけないだろう。

読書チャレンジ 6日目 東京の自然史

読書チャレンジ:6日目

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ブラタモリは私の最も好みのテレビ番組である。今は全国観光案内みたいになったが最初のころはタモリさん自身の「坂道好き!」の企画だった。道路に水をこぼして、「ほらこっちに流れるでしょう!」など嬉しそうに微地形の説明をしていた姿が思いだされる。

タモリさんは日本坂道学会?の副会長だったとどこかで語っていた。そして日本地質学会表彰(地質学の社会への普及:NHKブラタモリ制作チーム)も受賞している。タモリさんが坂道探索を深めた際の教科書は今回挙げた「東京の自然史」だったのではないか?タモリさんの話の隅々から推察して私はそう確信している。

ここに挙げた本は1964年初版だがその後何回も版を重ねている。山の手台地、下町低地という言葉を普及させたのはこの本が初めてだった。「タクシーの運転手から、東京の地理に通じるコツは下町では橋を、山の手では坂を覚えることだと聞いた」と書かれているが私は貝塚先生から直接聞いた。8人しかいなかった私の学年の担当の教授(当時は助手)だった。私たちはこの本を手に坂道を上がり下がりしていた。

「東京の自然史」を読んで目の前がパット開けたという山崎晴雄さんと久保純子さんが「日本列島100万年史」を書いた。きっとタモリさんも読んでいると思う。山崎さんも久保純子さんも私のだいぶ後輩だが、東京都立大学では大変お世話になった。ちなみに久保純子さんは現在早稲田大学の「探検部」の顧問である

読書チャレンジ:5日目「夢二を変えた女(ひと)」

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竹下夢二という画家、私はあまり好きではない。猫を抱いたなよなよとした女性の絵(黒船屋)を見たことがあった。夢二には奥さん子どももいたが、何人もの女性と浮名を流した。黒船屋の女性も夢二の毒牙にかかった女性の一人だと思っていた。しかしこの本を読んでみて、夢二とこの女性との関係は、一方的な受け身の関係ではなく、お互いに自立を目指した関係であったと知った。黒船屋モデルの女性の名は笠井彦乃。この本の著者坂原さんの母の姉、伯母だった。

 坂原さん文を適当に拾ってみる。若いころは彦乃と夢二の関係を不快感をもっており、母が熱心に彦乃を追っている姿に批判的だった。ところが定年退職後母の集めた彦乃日記を読むにつれて、夢二に付き従って病に倒れた薄幸の女性とはかけ離れた彦乃の姿が浮かび上がった。実は画家として自立をめざし、夢二とは対等な愛情をもとめて愛を貫いた意思のある女性だった。

坂原冨美代さんは私が竹早高校で10年間一緒に過ごした同僚で、いつも「もっとシャントするように!」と言われていた。我が家、学校でも叱咤激励されており、心休まる日が少なかった日々だったことを思い出す。
まえがきに近藤富枝さんが坂原さんのことを「彦乃さんに似ている!」と書いている。彦乃さんは夢二の描く弱弱しい美人ではなく明るく行動力のある女性だったようだ。彦乃さんは大正時代の重苦しい世相を突き動かし女性の自立を目指した一人だったようだ。まさに姪っ子は現代の彦乃さんのように見える。現代の自立した女性の典型だが、若いころはダンナとともに登山家でもあった。夫君は高名な登山家。

読書チャレンジ 第4日目

読書チャレンジ:4日目。

2003年に学校の先生をやめて、大人のための科学教室「みわ塾」と農家の手伝い「猫の手クラブ」を始めた。当時話題になっていた「理科離れ」は子どもたちの問題だけでなく大人の無関心が原因だとの考えからであった。「大人こそ科学に関心を持つべきだ」と生徒たちの親年代を集めて新宿の榎町地域センターで講座を始めた。

そこに田口さんがあらわれ「人集めならいくらでも手伝ってやるよ」と言ってくれた。退職して収入が無くなった事を知っていたからだろうが、私は時間を作って遊びまわりたいのが一番だった。小規模で月2回ぐらいのことしか考えていなかったので、断って自己ペースでやってきた。みわ塾を始めて17年になるが最初の会から田口さんらが来てくれ援助してくれている。ありがたいことで「このご恩は一生忘れません!」(…ムリヤリ言わされているのだが)

田口さんのことは読売新聞にいたKITAMURAさんから紹介された。サハラマラソンを日本人で初めて完走した人だと聞いていたが、とんでもなくすごい人だとはあとから知った。ハーバード大学を出たあとJAICAの前身国際協力事業団、国連UNDPのスーダン常駐副代表、南北問題日本委員会事務局長など世界を股にかけて活躍をしたひとだ。今は女性の活躍はすごいが当時は日本女性の活躍はごく珍しかった。しかし56歳の時にですべての仕事を辞めて、私が勤務していた竹早高校のすぐ近くにある指圧学校に通い始めた。「介護施設でおばあさんにマッサージをしたら涙を流して喜ばれた。政治の世界で人々の幸せを目指してきたが、一人のおばさんを喜ばせる方が自分にはとっては向いていると感じて、指圧師になった」と話してくれた。

田口さんは56歳から26年間かけて「楽隠居」生活を続けている。その間の生活状況はよく知っていたつもりだが、「隠居の来し方」を読むととんでもない遊びスケールだ。四国遍路3回、西国巡礼、スペインサンチャゴ巡礼など、東海道、奥の細道全部歩き、66歳記念銭湯66入湯。外国は毎年モンゴル、毎年シンガポール、ガーナ、イスラエル、ブータンなど数知れない。

私は「落隠居」生活17年だが、自分の足跡を思い返すとたいして遊んでいないなと感じる。そんなことを言ったら奥さんが「あんな偉い人と比べるなんて!、あなたは世の中の人に比べたら何十倍も遊ばせてあげているのよ!」と怒られる。そうだな、比べる方が無理なのだ。我が家の奥さんにこそ「このご恩は一生忘れません」というべきなのかもしれない。

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コメント

橋本沙和 田口さん ❤️
みわ塾で東大に行った時、そこの道を、まっすぐ行くと京都みたいなことを言われて、田口さんのスケールの大きさに驚いたのを未だに忘れません😆

福井牧子 お〜田口さんだ🤗
私も奥の細道、西国、熊野等お世話になりました👏

高世泉 おぉー、田口幸子さま❣️一度中山嘉太郎さんの桃🍑農園猫の手でご一緒しました。その前に予習で中山さんから借りた「カルツーム便り」を拝読していたので、女傑っぷりに緊張してお会いしたら、優しいおばちゃんでホッとしたのを覚えています😅 「隠居の来し方」是非読まねば‼️

恩田 真砂美 すごい!ご紹介ありがとうございます!

ジャスミンのニオイ!

我が家の前の路地の並びに毎年ジャスミンがさく。見に行かなくてもニオイで満開になるのがわかる。ここ5日間で満開になった。行くところがないので我が家から50mだけ外出して写真を撮ってみた。
家中登山もそろそろ3000mに近づく。今週中に富士山3776mに登山できるだろう。そこまで行ったら一休み。膝が痛いのとちょっと飽きてきた。

ついでに我が家のシャリンバイの花も同じ速度で咲き始めた。本日の気温は25℃で夏日になったみたい。家の中も暑い。家中登山も汗まみれになる。今月末まで自粛が続くこともありそうだ。

でも子どもたちははやく学校再開してやらないと元に戻れないかも。9月新学期などとこの混乱期に声高に騒ぐ人たちがいるが、そんなことをしたら今年の高校3年生は大変だよ。入試の改革は先延ばしになり、新学期も迎えないまま5月になり、この先どうなるかも示されない。

子どもたちは感染してもインフルエンザ並みということもわかっている。もういい加減、子どもたちは戻した方がいい。パチンコ屋や深夜飲食はもちろん問題外だが公園、図書館、などは明けてもいいだろう。いや、エアコンを入れる季節、換気が悪いなあ。いろいろ問題もあるものだ。年寄りの愚痴はどうでもいいから、専門家の人たち何かいい案を提案して欲しい。

読書チャレンジ 3日目

読書文化の普及に貢献するためのチャレンジで好きな本を1冊7日間投稿する」3日目#7days
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現代の「知の巨人」と言えば関野吉晴と山極寿一であると私は思っている。関野さんは人類の起源を追って「グレートジャー二―」の人力旅を敢行、さらに日本人の起源を求めて縄文号という手作りの船で若い仲間とともにインドネシアから航海してきた。山極さんはアフリカの村で40年以上にわたって類人猿ゴリラの研究を続けてる。

お二人とも人生の大半をフィールドに身を置いた探検家である。このフィールドから学んだ思索は、書物から得た従来の「知の巨人」とは明らかに違うところである。

私は昔から「体力さえあれば知力は自からついてくる」と若者に言いつづけてきた。しかし我が身を振り返ればまったく信頼性がなかったが、この二人をみれば「どうだ、私の言い続けてきた言葉は間違いなかったろう」と言える。

偉大な人間はお互いに引き合う力があるのだろうが、それだけではこんな知的・魅力的で本はできない。関野、山極両人と同じくフィールドからものを考える岡村さんがいたからこそ出来上がった本であるということも付け加えておかねばならない。

・・・・3.11の原発事故が起きた当初、日本中の人が「社会が変わる」と確信したと思います。私もその一人でした。金、経済、効率・・・そんなものよりも大切な何かがあるはずだ・・・。命、自然、生活、そして人間はどこからきてどこに行くのかという本質的論議は低調になってしまった。

もう一冊、関野さんの本を追加しておく。関野さんの思索の原点になったものではないか。
「ゼロ成長、マイナス成長、・・・せっかく生き延びてきた生命が長生きするために、人間がつつましい生活に戻るためのチャンスだと考えてみてはどうでしょう。エネルギーをなるべく消費しないで、どうしたら人間が幸福になれるか考えてみればいいのです。」

この本を作ったのは関野さんのグレートジャーニーを支え続けた(こき使われた?)白根全さんである。
白根さん、岡村さんらは「知の巨人」を支えた巨人(あれ、野球の巨人と一緒にするなと怒られそうだ!)だと思っている。

※ 2つの本は判型は違うが、同じ大きさにして並べてある。後者は文庫本

読書チャレンジ 第1日目(7日間)

「読書文化の普及に貢献するためのチャレンジで好きな本を1冊7日間投稿する」
という企画が高世泉さん、岡村隆さん、三五康司さんから我が方に回ってきた。私は「書を捨て町に出よう」という題名を見ただけで、納得して街歩きをしてきたので読書文化について語る資格はない。それに、どんな本を取り上げたかで、本人の中身を見透かされそうだ。しかしまあ、どうみられるか気にする年でもない。彼らから引き継いで気になった本を取り上げてみる。

という企画がFB上で行われれているので、私も暇なので参加してみることにしました。

招待してくれた三五さんが、賀曽利隆の本を上げていた。私も「賀曽リック」信者の一人だが、もう一人強烈な信者がいる。彼の「9つの森の教え」(築地書館)を取り上げておく。著者の名前は「峠隆一」。賀曽利隆が峠越えを始めたころに着けたペンネームだ。中身はマレーシアサラワクの森から得た知恵を記したものだ。当時彼はサラワクの森にすむ先住民の抑圧された状況を告発し続けていた。投獄されたり入国禁止になったりで本名を使えなかったのだろう。だから一番尊敬していた名前をもじってつけたのだろう・・・と思う。

いま彼は日本に逃れてきた難民が、認定もされず家族と引きはなされて入管の収容施設に入れられたままになっている状況の取材を続けている。日本の「おもてなし」はこんなものだったのか。さらに告発を続けてほしい。今は本名で活動しているがここでは本名は秘密。ということで二冊並べておきます。

四国遍路歩き旅 第10回、11回(最終回)

2015年から始めた四国遍路歩き旅、2018年10月にやっと88番大窪寺までたどり着きました。2人とも2016年は体調不良で入院したりして1年2か月も空白になりました。その後の体調はどんどん低下して2018年度はもうムリかなという感じでしたが、1回の日数を減らしたり、途中列車に乗ったりして何とかたどり着くことができました。お大師様のおかげです。ありがとうございました。
この後は高野山に行って御礼をすることになっていますが、私たちは中国西安にある青龍寺に行きました。弘法大師はそこで恵果阿闍梨から密教を授けられて日本に戻って高野山を開き真言密教を伝えたのです。ということで2018年に西安に行きました。そして2019年8月に高野山にも行ってきました。ということで一応形だけは結願になりました。

写真をクリックしてください。第10回と11回の報告を見てください。ありがとうございました。!

去年の今ごろ 行く末!


19日から毎日「家中登山」をやっています。10日目にして膝が傷んできたんでしばらくは登山を中止。昨年の今日は鳥海山をスキーで登っていたのだなあ。などいろいろ思い出にふけっています。

4月も間もなく終わります。新型コロナの感染者数を見ると昨日は39人極めて少なくなってきたようです。日曜日は検査が少ないと小池都知事も言っているのであまり信用していませんが、少なくなっていることは確かなようです。しかし勘ぐれば、5月6日に非常事態宣言の終了するための準備かなと思っています。

私自身はもし自分が感染した時に皆さんに迷惑をかけないように自分の行動を4月1日から細かくメモしています。さらに食事と関係があるかもしれないので3食全部記録もしています。買って来たものでは検証できないので3食全部奥さんの手作り。奥さんはご飯ぐらい作らなけりゃボケてしまう。と言って毎日つくってくれます。メモを見返してみると、4月1日以来だれ一人会っていません。ラインとzoom飲み会を一回やりましたが、年寄りには面白くもない。(呼んでくれたみなさんゴメン!)

毎日5時50分に起きて、奥さんが勉強しているNHKの英語講座の録音をしています。7時から朝ごはんの準備手伝い。8時からNHKテレビで朝ドラをみてその後羽鳥慎一モーニングショーを毎日見ています。岡田晴恵先生の解説が専門委員の解説よりもはるかに的確で信用ができます。コメンテーターの玉川さんはよく勉強しているので安心できます。しかし政府は名指してコロナをあおるなと圧力をかけているようです。

最初のコロナ対策がマスク2枚、それもまだ来ない政府の政策よりもはるかにましです。非常事態宣言を厳格にすると、報道もワンチームでということになりそうです。そうなったら全部だめ政府の大本営発表と同じになる。これは怖いことだ。いまわれわれの目と足はテレビにゆだねられているのでがんばって真相を報道し続けてほしい。

テレビを見ているうちに昼になるが、その前に私は昔の四国遍路の報告書を手直ししてブログにアップを始めた。最初に作った時にはまだ不慣れで、形が崩れたりリンクが途切れていたりで見にくかったが、改めて直している。これが結構手間がかかる。例えば写真リンクが jpg か JPG かでまったくつながらなくなる。膨大な写真の中でどこが違っているか見つけるのはけっこう大変で、すぐに1時間ぐらい過ぎる。でもいまはいくらでも時間はあるので、これはけっこう楽しい。

お昼を食べて午後のメインの仕事は家中登山、毎日50往復をしている。これに1時間はかかる。しかし1往復で54歩なので54歩×50=2700歩 にしかならない。これまで外で散歩していたころは1時間で8000歩ぐらいは行った。歩数が足りないと寂しいので午後のテレビを見ながら もも上げをして歩数を稼いでいる。しかしこれでもせいぜい1000歩ぐらい。階段登山の途中の踊り場でぶらぶらすることを加えて現在は1日5000歩になるようにしている。

風呂に入って汗を流して夕食。食べた後は食器洗いをすると後はやることはない。奥さんは基礎英語、謡の稽古などやることが多いが、私はテレビを見ながら「まだマスクも来ないじゃないか!」テレビに向かって悪態をついている。しゃべる人が奥さんしかいないのだからこれぐらい許して!独り者はいったいどうしているのだろうか。連休が始まって人々が自粛するように言っているが、5月7日から本堂に学校など始まるのだろうか。店もあくのだろうか。もしさらに延長ということなったら、子どもたちはどうなるのだろう。自粛の店はつぶれるだろう。学校だけは再開しないといけないのではないか。

第2波、3波が来ると言って自粛していたらいつまでたって自粛解除にはならない。多少のリスクがあってももう再開した方が、人々の命(自殺者が増える)にも日本経済にもいいことになる。詳しくはわからないがスウェーデンやニュージーランドなど人口の少ない国では緊急事態は宣言していても生活は通常通りにしている国もある。いまは世界中が実験場になっている。終息後いずれがうまくいったのか検証されるだろうが、日本政府は記録を残しているのだろうか。1年で廃棄などしないことを望む。

 

 

第9回 四国遍路 観音寺―善通寺

四国遍路歩き旅もそろそろ終盤、さいごの讃岐の国に入りました。善通寺は弘法大師のお父さんの名前をとった寺で、子どものころ弘法大師(眞魚まお)はこの辺りで遊びまわっていた。5泊6日、雨の日が多く難儀した場所でした。

65番三角寺、66番雲辺寺、67番大興寺、68番神恵院・69番観音寺、70番本山寺、71番弥谷寺、72番曼荼羅寺、73番出釈迦寺、74番甲山寺、75番善通寺、76番金倉寺、合計12札所をめぐりました

四国遍路 第8回 今治から新居浜あたり

前回松山市内の第51番石手寺で終了して松山空港から成田にもどった。LCCの航空会社だったのでJR線やバスで行くよりもはるかに安かった。今回もLCCで成田から行くはずだったが、なんと第3ターミナルへ行くのに時間がかかって乗り遅れた。LCCは遅れたチケットはパーになる。1日2便しかないので成田で7時間待ちになった。

なんとか夕方に着いたが直前予約した遍路宿は飯なし風呂なし薄汚れた部屋で前金7000円。LCCの航空券の買いなおし。5分の遅れが高くつくことになった。遅刻厳禁。いい教訓になったが、半ボケ老人は次も同じことをしそうなので、安くても飛行機を使うことはやめる。

第52番太山寺、53番圓明寺、54番延命寺、55番南光坊(大三島神社)、56番泰山寺、57番栄福寺、58番仙遊寺、59番国分寺、60番横峰寺、61番香園寺、62番宝寿寺、63番吉祥寺、64番前神寺の前まで。1回で12か所も回ったのは初めてで、めまぐるしい旅でした。

上の紅葉は第58番仙遊寺への登り道です。今回はすべて紅葉真っ盛りのすばらしい景色の旅でした。  画像をクリックしてください。

四国遍路第7回 やっと半分44番!

予定では10回で88番札所に結願(けちがん)のつもりだったが、2年たってもまだ88か所のうち44か所しか打って(巡って)いない。結願はまだだいぶ先になりそうだ。しかし松山に入ると一気に46番から51番までめぐることができた。51番石手寺が結願寺になる回り方もあるそうだ。この寺には結願して金剛杖を納める人も多くいるそうだ。四国遍路といってもいろいろな廻り方があるもんだ。今回は愛媛県の内子から2日かけて久万高原に上がり、44番大宝寺、45番岩屋寺をめぐって、三坂峠を下って46番浄瑠璃寺、47番八坂寺、48番西林寺、49番浄土寺、50番繁多寺、51番石手寺と8札所を一気に回った。JetStar で松山空港往復。これまでの遍路旅の中で交通費は一番安かった。

画像をクリックしてみてください。内子からの第7回遍路旅のページに移動します。

 

四国遍路第4回目 高知市内

近況
19日日曜日に思い立って「家中登山」を開始した。すでに家中登山をやっている人が大勢いることを知った。彼らのHPを見ると6時間半で富士登山をなしとげて人もいる。私は今一日50回家の階段(5.4m)を登り下りするのがやっとだ。昨日からはひざが痛くなってきて、速度は遅く途中休み時間も多くなってきた。しかしチリも積もればで、まだ6日間だが1297mを登ったことになった。暇なのでどこの山と同じかと調べてみたら、群馬県の子持山が標高1296mだそうだ。子持山は群馬天文台のある山で何回も登っている。「やったぜ!」、次は東京都最高峰の雲取山を目指そう! 続きを読む

春は名のみの 風の寒さや

春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず

4月11日、小池都知事は非常事態宣言の後の政府とのゴタゴタを終息させ、「都知事の権限は取締役社長かと思ったが、天の声がいろいろ聞こえて中間管理職になったと感じた」とコメントした。昔田中真紀子外務大臣が「誰かが(小泉首相?)スカートの裾を踏んでいるので前に行けない」というのと同じで、権限を与えておきながら裏からコソコソと手をまわしているのが小泉、安倍政権である。

 安倍政権は新型コロナ対策を経済対策と勘違いしている。西村経済再生相をトップに据えていることで分かる。新型コロナ対策の司令塔は厚生労働大臣のはず。いったい誰だっけ、どこへ行ってしまったのか?

小池都知事は命を守るために非常事態宣言したと言っている。安倍首相も非常事態宣言で接触を8割を減らせば命が守れると言った。しかしおひざ元の二階幹事長は「できるわけなあいだろう」という。安倍首相が「108兆円規模の財政を出動する」と言えば、麻生財務相は「政府が補償をする気はない!」という。結果として実現したのは460億円かけて各戸にマスク2枚を配るというだけ。安倍首相はまったくリーダー能力がないし、周囲からもなめている。自業自得。

みんなが懸命に働いている最中、安倍首相が自宅で犬を抱っこして、「みんな外出しないように」と呼びかける動画がNHKで流れた。今の時期外で働くのは命がけである。首相も先頭に立って命がけで働いてほしい。なのに私邸でのんびり犬と遊びながら呼びかけている。イギリスの首相はコロナにかかって入院している。ドイツのメルケル首相は自分の生い立ちを語りながら外出制限を要望している。我が首相は何を考えて、わざわざ反発を買うようなことをするのだろう。NHKも「殿ご乱心を!」「いくら何でもこれは放送できません!」と止めるのが公共放送の役目だろう。

「こんな非常時に文句ばかり言わないで政府に協力して命を守ろう」と言う。しかしリーダーが自分はぬくぬくして、「みんな頑張れ!」とはなんだ。非常時には最前線に立って引っ張って行くのがリーダーだろう。あのトランプ大統領でさえ、常にテレビに出て説明している(間違っているが)。「まともな言葉」を発しなければ、だれもついてこない。この非常時、いまの首相は信頼できない。「みんな自分で自分の命を守ろう」しかない。

政府は経済再生のためではなく、コロナ対策として各人に補償することをセットにしなければならない。「善意で自粛!」と言われても生活が成り立たなければできないだろう。ともかく早く、名目は何でもいい、国会議員の歳費を8割減らせばその資金も出るだろう。はやく支援をしなければ、新型コロナ関連死者もでてくる。

年寄りは余計なこと言わずに引っ込んでいろと言われるだろうが、国会議員が若者たち(60歳以下)を悪者にしているのを見ていられない。年金生活者や国会議員は、彼ら若者の働きによって支えられているということを改めて考えよう。彼らに「自粛して営業をしないように」というなら、年金や国会議員の歳費も減らすこととセットしなければいけない。

それにしても、鴬でさえ「時」を察知して声も立てないでいるのに、日本の首相夫妻は「時」をなにも感じていないことに寒気を覚える。まだ春は来そうにもない。

荒川:芝桜がみごと

  本日はお弁当をもって荒川を自転車で走ってきた。まずJR王子駅まで20分、そこから江北橋を渡って荒川左岸の自転車道路を堀切橋まで行った。橋の近くの桜の下でおにぎり弁当を海苔お餅を食べる。

さらに下流に行こうと思ったが風があるので、上流に向かった。江北橋まで戻ったが、気分が良いのでさらに川口方面に向かう。途中で荒川堤の桜を眺めるが、ここにはかなり大勢の人がいたので、新荒川大橋を渡って赤羽に出る。橋の途中で右手の土手にピンクのじゅうたんが見えたので行ってみる。芝桜が今は満開。係の人に聞くと例年は大混雑するそうだが、本日はごく数人。

こんな景色見なければもったいない。といっても仲間に知らせると大挙して押しかけるだろうからまずい。奥さんを誘ってみよう。でもここまで歩くのはきついかな。