播磨国は現在の兵庫県の大部分だった。国府、国分寺は姫路市にあった。国分寺は御国野町(みくにのちょう)の御着駅の近く、旧山陽道に沿って広がっていた。そこには印鑰大神宮という小さな宮があった。印鑰(いんやく)というのは国司の印璽をつかさどる役所のことである。この近くに国府があったのではないか。
国府 総社
姫路城の近くの播磨国総社付近に国府寺町がある。ここも国府候補地であり、郵便局の建設時に発掘がなされ、ほぼ国庁と考えられている。しかし遺構は保存されていないので写真はこの石柱のみ。私は、もともと国府は国分寺付近にあり、その後姫路城に近い総社隣の郵便局下に移転したのではないか、と素人考えをしている。
御着の印鑰大神宮のそばに埋蔵文化センターがあり、国分寺、尼寺の発掘をしている。国分寺付近で国府跡を探しているのかもしれない。これも素人考え!
社殿には印鑰大神宮の表示はなく、幟旗に書いてるだけ。拝殿内には絵馬多数!
国分寺 国分尼寺
御着駅のすぐ近くに国分寺跡が整備されている。その一角には法灯を守る現国分寺がある。門は閉ざされているので、話は聞けなかった。説明版によると塔は七重の塔、現国分寺の本堂は元の国分寺の金堂の上に立っている。敷地端には築地塀が復元されている。その向こうを山陽本線、新幹線が通るのが見える。
国分尼寺は石柱と説明版のみ。発掘時の写真は埋蔵文化センターのHPから借用
播磨国一宮 伊和神社
一宮の伊和神社は揖保川の上流部の宍粟市にある。
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親切な地元民
御着駅を降りて案内板を見たら「印鑰神社」との名前があった。事前の調べではこの神社について何も知識がなかった。「印鑰」(いんやく、いんにゃく)は国司の印璽を預かる役所のことで、国府の中にあった。先日行った能登国ではその場所が能登国府とされていたので、ここ播磨国でも印鑰神社が国府内にあったと、私は考えた。
さっそくその神社を目指して旧山陽道を歩いたのだが、近くにいるはずなのに見つからない。地元の方に聞いたら「知らないけど、聞いてみるよ」とのこと。「わかったわ、車を持て来るから待ってて!」という。車で15分ほど走った場所には八幡様はあったが「印鑰神社」ではない。親切はありがたいほど身に染みたが、残念。
元に戻ってGoogle Map で探すが入り口の路地が見つからない。最後に民家の敷地を通り越したら山裾にその神社はあった。幟旗を見えた時、歩数計はすでに1万五千歩にもなっていた。この印鑰大神宮が国府と関係があるのか、御着駅前の図書館で聞いてみたが何の資料もなし。
皆さんとても親切に接してくれたのだが、成果はなかった。国府の権威の賀曽利さんに聞いてみよう!